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2019/03/01 up

香りを聞くゆるやかな伝統文化 香道の魅力を伝える香人・madokaさん

text by 五十嵐綾子

撮影=小野奈那子

香りを楽しむ日本の伝統文化・香道。書道や茶道などと並ぶ芸道の一つですが、「体験したことがない」「どんな文化なのかよく知らない」という人も少なくないのでは。

そんな初心者をはじめ、多くの人に香道の魅力を発信しているのが、香人・madokaさんです。普段は副業OKの一般企業に勤めながら、ライフワークとしてお香を楽しむイベント開催などを行っています。堅苦しくイメージされがちな香道に気軽に親しんでもらうための工夫や、兼業生活への考えなどを伺いました。

正座はマストではない! 実はゆるやかな香りを“聞く”芸道

――そもそも、香道とはどのようなものですか?

香木を焚いて香りを楽しむ芸道です。香道で使う沈香(じんこう)の香木は、樹脂とともに朽ちて土の中で熟成された木で、原産は東南アジアが中心。日本では採れず、人工栽培ができない非常に貴重な木材です。香炉の灰の中に炭団(たどん)と呼ばれる小さな炭火を埋め、銀葉(ぎんよう)というプレパラートのような板を置き、その上に香木の木片を乗せて熱することで香らせます。

この香りを楽しむ席を香会(こうかい)、または香筵(こうえん)といいます。数人で集まり、主催者である香元(こうもと)から香炉を回し、数種類の香りを聞く遊びなどを行います。

――香りを「嗅ぐ」ではなく「聞く」と表現するのですか?

はい。香道では香りを嗅ぐことを「聞香(もんこう)」といいます。なお、聞香形式での香りの楽しみ方は鎌倉時代頃から始まり、今のように形式化された香道の歴史が始まるのは江戸時代頃だったとか。それ以前から、さまざまな香料を組み合わせて香りの妙を競ったり、着物に焚きしめたりと、色々な楽しみ方がありました。

――相当長い歴史があるのですね。

そうですね。歴史があるだけに、多くの人は香道に格式高いイメージを抱きがちなのですが、実はそうではありません。例えば、「伝統文化だから正座が基本」と思う人がいますが、昔の正式な座り方は正座ではなく、男性はあぐらのような座り方、女性は半分体育座りのような立て膝スタイルです。香会は安座(あんざ)といって、楽に座って楽しむものでした。もともとはお香を聞いた後に宴会を行って一日だらだらと遊ぶ会でしたので、堅苦しい雰囲気もなかったのです。香道は、ゆるやかに楽しめるものなんですよ。

自由で不思議な香りの世界に魅せられた

――madokaさんと香道の出合いを教えてください。

子どもの頃に茶道や書道を習っていて、和の芸術には親しんでいたのですが、香道に出合ったのは大人になってから。もともと香りや文化的な物が好きで、偶然入った骨董屋さんでお店の方と仲良くなり、「あなたはお香に向いていると思う。やってみたら?」と勧められてお香を始めました 。

お香を学んだのは、香道の流派の一つ・御家流(おいえりゅう)に当たる流れを持ち、現在香道具などを扱う京都の老舗にお香の処方を伝えた三条実美 (さねとみ)を曽祖父に持つ先生が主宰する社中でした。一般に生徒を募集しておらず、お教室というより私的な芸術愛好サロンのような場で、自由闊達にお香を学ぶことができました。

――香道のどんな点に魅力を感じましたか?

伝統文化は形式を大切にする傾向がありますが、御家流の香道は基礎を踏まえた上であれば自由にアレンジが効く点が面白いです。香りの不思議さにも魅せられてどんどんハマっていき、お香の知識やお道具の使い方、香を焚くときの所作であるお手前、古文書の読み解きなどを学びました。

――独立し、活動開始されたのはいつ頃ですか?

社中で学んでしばらく経った頃、先生から「そろそろ人に教えても良いのでは?」と言われまして。それまでも知人に香を焚く機会はあったのですが、香会を主催し始めたのは2015年からです。

香道の活動形態は、会社員との兼業です。制作会社や大手広告代理店グループでのデザイナー経験を経て、現在は副業OKのAI関連企業に正社員として勤めています。

1万円以上の会費に込められた思い

――現在の活動内容について教えてください。

一般の方に向けては、最高級の香木である伽羅(きゃら)を用いた「香筵 伽羅の香りを聞く会」という、初心者でも気軽に参加できる香会を年1~2回、平均1万円以上の会費で実施しています。Twitterやブログなどで香道について情報発信するうち、香道に興味のある方々との交流が始まり、開催に至りました。

――1万円以上の会費は、香会では平均的な額ですか?

香会の会費はさまざまで、無料から2~3,000円程度で参加できる会もあります。そうした会に比べると、私の設定額は高く感じるでしょう。しかし、私はできるだけ良い会を提供するべく、一般的なお茶会などで使われる場所よりも数倍利用費がかかる会場を少人数で貸し切り使用し、ゆっくりと香を聞ける環境を用意しています。質の良い香道体験をしていただきたくて、1万円以上と設定しているのです。

――良質な体験のための費用が加味されていたのですね。他に香会開催にあたって、経費になるものは何でしょう?

一般的な個人事業主と同じく賃料や交通費、通信費などを計上していますが、私の活動で特徴的なのは香木や香道具、香会で着る着物代でしょうか。香木は香道で使える伽羅なら1グラム5万円前後になってきているので、金の10倍 以上します。先ほどもお話しした通り、大変貴重なものなので、それなりの値段はします。

――金の10倍以上……! 会費1万円以上にも納得できる気がします。

お茶やお香をされていない方にとっては、一見すると高めな値段設定かも知れませんが、ありがたいことに多くの会が満席です。「香道について知りたい」という初心者から、私の香会に興味を持ってくださった玄人まで、年齢問わず幅広い参加者の方々にお越しいただいています。

柔軟さと和やかさが人気の秘密。業界に影響を与えることも


――ご自身で参加者を募る会だけでなく、香会を依頼されることもあるそうですね。

基本的に営業はしておらず、知り合いからの紹介でさまざまな香会の機会をいただいています。来日した外国政府要人を迎えて個人宅でプライベートな香会を開いたり、茶道流派の一つ・表千家直門の茶道教授が主催される茶会で聞香席を務めたり、留学生に向けて香道体験会を行ったり。英語での香会にも対応しています。

――参加者の方々から良い評判が広まったり、知人を介して仕事のチャンスをもらえたりと、madokaさんの香会には人に紹介したくなるような魅力があるのだと思いますが、ご自身の香会が支持されている理由をどのようにお考えですか?

体験内容は本格的ですが、お教室への勧誘もなく、気軽にのびのびと参加できるためではないかと思います。

その一つとして、参加者のご経験に合わせて教え方を変えることを心がけています。例えば、香炉を持って聞香するときは、手で香炉を覆い、香りを溜めるようにして聞くのですが、初心者の方にはこの所作を「屋根を作って窓を開けます」とイメージしやすいように伝えていますね。

また、雰囲気づくりも大事です。がっちりとした雰囲気の香会ももちろんあるのですが、特に私が主催する「香筵 伽羅の香りを聞く会」では堅苦しくない和やかな空気づくりを重視しています。先ほどもお話したように、香道ではもともと正座はマストではなかったため、正座なしで、ゆったりと過ごしていただきます。お香を聞いた後の後座(ござ)という時間もとても盛り上がりますね。これは香会の後にお茶会や酒宴をしていたという歴史から、お茶やお菓子をいただきながら、楽しく質疑応答や雑談などをする時間で、お香への興味を深めることができるんです。

――初心者でも参加しやすそうな雰囲気が伝わってきます。

ちなみに、後座の時間は香会にはつきものなのですが、現代では時間がなくて省略されがちなんです。ところが、私がネットで活動内容を発信したところ、似た活動をしているお香屋さんなどを散見するようになりまして。良い意味で参考にしていただけたようで、うれしく思っています。

お香の可能性が膨らむ異分野とのコラボ

――伝統的な香会だけでなく、異分野とのコラボイベントにも挑戦されているとか。

はい。海外でも活躍されている二人の日本人ヴィオラ・ダ・ガンバ奏者と香りをコラボさせた演奏会や、書店トークイベントでの香り演出の実績があります。コラボした方々はもともとつながりがあった方、SNSでご依頼いただいた方などさまざまです。

――どのような演出をされるのですか?

演出方法はイベント内容に合わせて一から企画しています。例えば演奏会では、私の香炉を焚く所作を舞台演出のように見せる時間もあれば、演奏を主役にして香りを空間にくゆらせて楽しんでいただくときもありましたし、聞香の席を別途設けることもありましたね。

一方、書店のイベントでは登壇される方を引き立たせるために、私が香りを焚く様子は見せず、見えない場所で香を焚きました。なお、演出料はコラボする方々と協議し、演出内容や会場費、参加者数などを考慮し、その都度決定しています。

イベントによって演出をカスタマイズできるところに、非常に面白みを感じますね。アイデア出しから企画を練っていく作業は会社員として経験してきた企画・デザインの仕事に通じるものもあり、別の専門性が役立っていると感じます。

香道の魅力や楽しさを伝えたい

――活動内容が多岐に渡りますが、会社員との両立は大変なのでは?

強いて言えばスケジュールの調整くらいですね。とはいえ、比較的スケジュールに融通が利く会社を選んでいるので、香会当日だけでなく、事前準備にもしっかりと時間を割くことができています。

――これだけ幅広く活動されていれば、専業にしても良いのではと思いますが、兼業されている理由は何でしょう?

香道の本質を大切にするためです。「香道のための生活」ではなく、「生活のための香道」になってしまうと、弟子を増やすために無理や妥協を生みやすくなります。そのような状況では、香道の魅力を伝えつつ、歴史的事実もクリアに認識して尊重するという本質的なことが二の次になっているような危機感を覚えることがあります。

香道の本来の姿を歪めず、理想的な形で伝えるために、香道以外にも別の専門性を持って収入を得られるようにしておくことは、お香をライフワークとして続けていく上での助けになると考えています。本質を守れるなら、兼業でも専業でも問題ないと思っています。

――今後の展望を教えてください。

これからもどなたでも参加できる体験会などを通じて、香道の魅力や楽しさを発信していきたいです。遠方の方や持病をお持ちの方など、香会への参加が難しい方もいらっしゃるので、ブログ記事をもっと充実させ、ご自宅でもお香文化に親しんでいただけたらと考えています。

(取材・文:五十嵐綾子 編集:ノオト)

取材協力

madokaさん

香人。東京を拠点に、訪日外国要人から美術関係者・文化人、工芸職人、留学生、初心者まで、さまざまな人に向けた香会で香元や香道レクチャーを務める。日本の香文化「香道」の情報発信のため、西洋古楽との異分野コラボイベントや、芥川賞作家のトークイベントでの香りの演出、エッセイ執筆など、香会以外にも多彩な活動を実施。https://note.mu/kaoritobunka/n/nab258387264a

この記事の筆者

五十嵐綾子

ライター・編集者。立教大学史学科卒。編集プロダクションで情報誌編集・ライティングに携わり、フリーランスに。歴史への興味・関心を活かした歴史関連の取材記事・書籍執筆などをはじめ、ウェブ・紙問わず幅広く執筆。世界遺産検定1級・学芸員資格有。

Twitter:https://twitter.com/igacham

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