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2019/02/22 up

10万円以上の価格でもオーダーされる理由――江戸張り子職人・林史恵さん

text by 五十嵐綾子

撮影=小野奈那子

コロンとしたフォルムが愛らしい伝統工芸品・犬張り子。安産祈願の縁起物や、インテリア小物として部屋に飾る人もいるでしょう。

多くの犬張り子は1個数百円と手ごろな値段で入手できます。しかし、江戸張り子職人・林史恵さんの作品は1個数十万円するものがほとんど。それでも、オーダーが次々と入っています。林さんに職人になったきっかけや、高めの値段設定でも人気を得ている理由などを伺いました。

手軽な値段と材質に込められた商いの歴史

――そもそも、張り子とはどのようなものでしょうか?

子孫繁栄や病気平癒などを願う縁起物です。平安時代ごろに中国から朝鮮半島を経て、起き上がりこぼし人形が日本に伝来し、日本で犬張り子など色々な張り子に発展したといわれています。

犬が多産の象徴であることから、私が制作している犬張り子にも子孫繁栄の願いが込められています。産地により区分が異なる場合もありますが、中でも関東圏で作られる、犬張り子のような4本脚のものは「江戸張り子」と呼ばれる場合が多いです。私は東京の江戸張り子職人の技を引き継いだので、江戸張り子職人と名乗っています。

――本体はとても軽い印象ですが、何からできているのでしょう?

すべて紙でできています。木材などで作った型に水で濡らした紙を貼り、糊を塗って固め、乾いたら型から紙を剥がし、切り口を貼り合わせ、彩色を施しています。紙で作られている上、中身が空洞なので非常に軽いです。

もともとは子どもの玩具でもあったので、壊してしまってもまた買ってもらえるようにと、紙を用いて手軽に量産し、安価で販売するスタイルになったようです。現在でも多くの張り子は大量生産され、1個300~400円ほどで売られています。「たくさん遊んで壊れると子どもが成長した証」という縁起もありましたが、この材質には張り子職人の商売の歴史も詰まっているのです。

懸命な活動が実を結び、江戸張り子職人に弟子入り

――犬張り子との出合いと、職人になった経緯を教えてください。

出合いは子どものころ、東京に遊びに行ったときに訪れたお土産屋さんでした。犬張り子のひょうきんな顔がとても印象的で、ずっと「あれは何?」と気になっていて。芸術系の大学に進学してから、それが犬張り子という伝統工芸品だと知り、張り子職人になりたいという思いが強まっていきました。

張り子の産地巡りを始めると、関東に犬張り子の流派がいくつかあることを知り、張り子作りを教えていただける方を探しました。職人さんの連絡先が載った電話帳を使って電話をかけ、直接訪問する、というのを何件か繰り返しているうちに、江戸張り子の流派の一つ・勅使河原(てしがわら)型を継承されている荒井良先生という方を紹介していただけたんです。

――すごい行動力ですね!

今思えば、このときに行動しておいてよかったと思います。というのも、東京の犬張り子の流派は多くが廃絶しかけていたのですが、荒井先生が勅使河原型を広めたいとちょうど弟子を募集していたタイミングだったそうで。大変ありがたいことに無償で弟子にしていただくことができ、2年ほどお世話になりました。

月1回先生のもとに伺い、制作方法や材料などについて学んだり、自分の作品を見ていただいたり。また、先生は郷土玩具から100万円代の芸術作品まで幅広く手がけられるアーティストなので、先生の作風に大きく影響を受けた時期でもありました。

――そして独立されたのですね。

先生のもとで学ぶうちに、犬張り子を中心に自分の張り子を作って売っていきたいという思いが高まっていったんです。先生に自分のお店を作りたいと話し、許可をいただいて独立しました。

信念を胸に徐々に値上げ。SNSから生まれた新感覚張り子も人気に

――独立後はどのように活動されましたか?

2012年から活動開始し、ブログなどで宣伝してお客さまを獲得しましたが、当初の値段設定は1個5,000円や、1~2万円ほどでした。先ほどもお話した通り、多くの張り子は1個300~400円ほどなので、これでも高い方です。歴史を考えると、薄利多売で活動する方が本来あるべき姿かも知れません。

しかし、張り子を作るからには徹底的にこだわって作りたいという思いがありました。荒井先生が張り子をアート作品として販売し、活躍されている姿への憧れもありましたね。いずれはもっと値段を上げたいと考えていたところ、オーダーメイド作品の依頼が増え始め、お客さまとのやり取りが増えた分、だんだんと値上げしていきました。

2014年には16万円の作品を売るようになり、現在も10~20万円代の作品が多いです。

――現在はどのような作品を手がけられていますか?

伝統的な犬張り子制作ももちろん行いますが、現在主に制作している作品はオーダーメイドで、「ペット江戸張り子」と「エジプト神張り子」の2種類です。お客さまは女性が大半を占めています。

ペット江戸張り子は、Twitterのフォロワーさんから「ペットをモデルに張り子を作ったら楽しいのでは?」とご提案いただき、2018年1月から受付を開始しました。ペットの性格や身体の模様などをヒアリングしたり、写真を送っていただいたりして、デザインを決めていきます。

エジプト神張り子は、ホルスやアヌビス、ツタンカーメンなど、古代エジプトモチーフの張り子です。色々な張り子に挑戦したいと試行錯誤した時期があり、葛飾北斎の絵に着想を得て鳥型の張り子を作ったことがあるのですが、2017年夏にハヤブサの姿をした古代エジプトの神・ホルスを作ったところ、Twitterでとても反応が良くて。エジプト人気を感じたので、オーダーメイドでの販売を始めました。こちらも多くは、ペット張り子としてご注文いただきます。

――斬新なデザインは、SNSがきっかけなんですね。

はい。いずれも伝統的な江戸張り子の技法を用いていますが、犬張り子が持つ従来の「和」のイメージを離れた作風になってから、「張り子なのに、張り子っぽくない!」など、多くの反応をいただくようになりました。独立当初はすべてブログからのご依頼でしたが、今はTwitter経由のご依頼が大半で、フォロワーさんとの交流から生まれる作品もあります。

お客さまと作品を作り上げる喜びを大切に

――制作にはどれくらいの期間がかかりますか?

まずお客さまのご要望をヒアリングし、デザインを決定します。その後、原型作りに約1週間、紙を貼って剥がし、下地を塗るのに約1週間、そこから1~2週間ほどじっくり絵付けを行うので、所要期間は合計で1カ月~長くて2カ月ほど。

我が家には同じく個人事業主をする夫と小さな子ども二人がおり、自宅で家事や育児の合間を縫って、1日8時間ほど作業しています。最近は月1~2件ほどのご依頼に対応していますね。

――毎月の平均売上と、経費になるものを教えてください。

売上はお客さまのオーダー次第で、月12~24万円ほどとかなり波があります。ご依頼が少なめのときは、夫の仕事を手伝うことで大幅な収入ダウンを防いでいます。

主な経費は型を作る木材やレジン、貼り付ける紙、彩色する絵の具や筆などの材料費です。特に筆は、1個の張り子制作の細かな作業で先がすぐにボロボロになり、5~6本使い切ってしまうため、毎回新調しています。

――制作には手間がかかることがわかりましたが、やはり数十万円はポンとは出しにくい金額です。それでも支持されている理由をどのようにお考えですか?

デザインを決める際、お客さまへのヒアリングを綿密に行っているためではないかと考えています。オーダーメイド作品を受注するようになり、やり取りを重ねて一つの作品を作り上げることに喜びを感じたので、デザインが決まるまで念入りに話し合いをしています。

お客さまによって、1~2週間で決まるときもあれば、1~2カ月熟考するときもあります。満足していただきたいので、やり取りは何回でも行いますし、デザイン画も何回でも描くようにしています。

そのおかげかはわかりませんが、ありがたいことにこれまでクレームは一切いただいたことがありません。オーダーをいただいたら、とことん最後までこだわり抜いて制作することで、ほかの作家さんと差別化できているのではと考えています。

これまで見たことのない張り子を生み出したい

――ほかにはどのようなお仕事をされていますか?

張り子の作り方を教えるときもありますね。2014年には愛知の栄中日文化センターで全5回の張り子教室を5回分1万5,000円で2度開催したことがあります。

また、お客さまのご自宅などに伺う、1回1万2,000円・マンツーマンでの教室も実績があります。これはお客さまと一緒にその場で張り子制作をするのではなく、私が職人としての生活や考え方などのお話をする、職人志望の方向けの教室です。アイデアの集め方、販売の仕方、作品に込めた思いなどを、ざっくばらんに2時間ほど話します。

2018年夏にはnoteで張り子の作り方記事を販売したこともあります。最初は1記事100円に設定したのですが、「〇日後に値上げします」と宣言し、数日後に500円、1,000円と値上げしていく方式で、100件ほど売れた記事もありましたね。

受講生の方の中には自分で張り子を作って販売している方もいて、私のもとから張り子作家が巣立ってくれたことに感激しました。今はおかげさまで忙しくて、教室開催や記事制作などまで手が回らないのですが、いつかまたやりたいと思っています。

――今後の展望を教えてください。

作品のアイデアはお客さまからの刺激で導かれることが多いです。これからも作品ごとにアイデアをどんどん追求して、張り子だけれど張り子には見えないような、新しい作品を作っていきたいですね。

(取材・文:五十嵐綾子 編集:ノオト)

取材協力

林史恵さん

江戸初期犬張り子を復刻する江戸張り子職人。張り子人形作家・荒井良氏に師事し、2012年に独立。現在はペット型張り子や古代エジプト神張り子など、主にオーダーメイドの張り子制作に取り組む。
http://harikonohayashiya.blog.jp/

この記事の筆者

五十嵐綾子

ライター・編集者。立教大学史学科卒。編集プロダクションで情報誌編集・ライティングに携わり、フリーランスに。歴史への興味・関心を活かした歴史関連の取材記事・書籍執筆などをはじめ、ウェブ・紙問わず幅広く執筆。世界遺産検定1級・学芸員資格有。

Twitter:https://twitter.com/igacham

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