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2019/01/30 up

「病院組織を離れ付加価値の高い看護師を目指す」フリーランスナース・上戸綾さん

text by 末吉陽子

撮影=栃久保誠

病院での診察介助や患者の入院生活をサポートする看護師。病院や介護施設など、特定の組織に所属するイメージが強いですが、新しい働き方にチャレンジしている人もいます。看護師として23年のキャリアを持つ上戸綾さんもその一人。現在、フリーランスナースとして、クリニックや旅行添乗での業務のほか、セミナー講師など幅広く活動されています。

「独立して、病院勤務時代にはなかった心のゆとりが生まれた」と話す上戸さん。なぜ、いまの働き方を選んだのか、仕事に求めるやりがいなどについて伺いました。

看護師の夢をかなえるも、病院に所属することに限界を感じる

――まず、看護師を志したきっかけを教えてください。

看護師だった母の働く姿が優しく強くて憧れで、小学3年生の頃には「自分も看護師になる!」と決めていました。性格的にも人の面倒をみたり役に立てたりするとうれしかったので、子どもながらにきっと向いているな、と思ったんです。高校も看護師を念頭に理系コースがある学校を選びました。看護専門学校に3年通って、看護師免許を取得。21歳で札幌の病院に就職しました。

――働いてみると理想と現実のギャップに悩むこともあったとか。

そうなんです。当たり前ではあるのですが、医療現場は仕事のルールがとにかく細かかったんです。中には、それが本当に必要なのか疑問に感じるようなことも。看護師目線で「自分たちの仕事がスムーズに進むように決まりごとを変えたい」と考えて、提案するんですけど、上から「今のままで何が悪いの?」と否定されることもしばしば……。組織ってそういうものなんだなと、どこか諦めてしまいました。

――なるほど。それで独立を考えるようになったのでしょうか?

一時期は「看護師のトップになって組織を変えてみせる!」と意気込んでいたのですが、看護職の出世は年功序列だったので、かなりの年月が必要。じゃあ組織から抜け出してみるのはどうだろうと。

あと、独立に魅力を感じたもう一つの理由は、“給料と休みが自分次第”というところ。というのも、人から給料と休みを決められるのがすごく嫌だったんですよね。たとえば、経験値やできることは全然違ったとしても、実力差が給料に反映されず、あくまでも看護師歴をみて給料が決まる。それっておかしくないかな……とずっと疑問に感じていました。

――それはモヤモヤが募るばかりですね……。独立に対して不安はなかったですか?

17年間、病院での勤務でスキルアップできたので、技術的な不安はなかったですね。それよりも自由気ままに生きたい気持ちが強かったです。あと、ちょうど夫が東京へ転勤になり、私もついていくことにしたので、また病院で働くとなると振り出しに戻ってしまうということで独立を決めました。

選択理論心理士の資格取得で付加価値の高いナースへ

――フリーランスになられてから6年だそうですが、どのように仕事を広げられたのでしょうか?

いきなり個人契約は難しいなと思い、最初は病院で日勤のみ週5日働きました。そこから日数を徐々に減らし、空いた日にピンポイントの看護師募集の案件に応募してみるなど、完全に独立するまで少しずつ準備していきましたね。

――いまはどのような仕事が多いですか?

旅行好きということもあって、独立してすぐに看護師の仕事と旅行がリンクしないかなと探していたんです。すると「ツアーナース」がヒット。派遣会社から仕事が依頼されるケースがほとんどということで登録しました。いまでもそれが楽しくて、割合としては多いですね。

――ツアーナースはどのような業務内容になるのでしょうか?

私は、主に小中学校の移動教室に添乗しています。旅行先で高熱を出したり、怪我をしたりした生徒の看護がメインですね。身体面だけではなく、集団になじめないとかホームシックとかメンタル面のケアにもあたります。

――ツアーナースだけとなると、時期にも偏りが出そうな気がするのですが。

そうですね。5月~10月は案件が多いのですが、閑散期もあります。なので、ツアーナースだけではなく、看護学生の実習を手伝う教員の仕事や、企業の定期検診なども派遣会社経由で受けています。それとは別に、個人的に知り合ったドクターが声を掛けてくださって、不定期ですが現在2つのクリニックから看護師業務の委託を受けています。

――それは、人手不足を補うためでしょうか? それとも何か別の理由が?

院長が経営者なので、スタッフもなかなか悩みを打ち明けられないだろうからと、クッション的な役割を期待されていると思っています。あと、看護師の他に「選択理論心理士」という資格を持っているので、その知識や経験を、働きながらクリニックのスタッフに共有してほしいとの希望がありました。

――選択理論心理士とは、どのような資格ですか?

ウィリアム・グラッサーというアメリカの精神科医が提唱した「人間の脳の働き」にまつわる理論に基づき、カウンセリング業務を行ったり、セミナーの講師を務めたりすることができる資格です。 選択理論自体は「人はなぜ、どうやって行動するのか? 人は内側からの動機付けで動く」ということについて分かりやすく説明したものなので、教育や福祉、司法、医療など各分野に広く用いられています。

――なぜその資格を取ろうと思われたのでしょうか?

精神的に苦しそうに仕事をしている看護師をたくさん目にしてきたことが大きいかもしれません。職業柄もあってか正義感が強い人が多くて、自分に対しても患者さんに対して「間違ってはいけない! 絶対にこうしなければならない」と強い固定観念で凝り固まってしまうんですよね。でも、捉えようによっては、「自分の正しさを押しつけている」「相手が間違っている」とも思われてしまう。それは一概に悪いとはいえないんですけど、「まずは人の話を聴こうよ」と。それをきちんとした学問に基づいて伝えられたらいいなと探した結果、選択理論心理士がヒットしました。

――資格を取るまで、費用・期間ともにどれくらいかかりましたか?

日本リアリティセラピー協会というNPO法人が講座を設けていて、基礎から上級まで受講して費用はトータルで35万円程度、期間は3年ほどかかりました。

――資格取得で仕事の幅は広がりましたか?

はい。選択理論心理士として、看護師や一般の方向けのセミナーを主催するようになりました。看護師のセミナーには、救急看護や呼吸器看護などの専門的なものはあっても、コミュニケーションにフォーカスしたものはあまりなかったので、自分で看護師向けの講座を企画して営業しにいきました。それが採用されたのを機にセミナー講師の仕事が増えていきましたね。

――「上戸さんから選択理論を学んだことでこう変わった」といった反響はありますか?

たとえば、患者さんとの会話で悩みを打ち明けられても、表面的なリアクションしかしていなかった看護師が深い話まで聞けるようになり、気持ちに寄り添えるようになったと感想をもらいましたね。患者さんからの信頼も厚く、その看護師がいるときに病院に来たいと言われるようになったそうです。

――それは、うれしい変化ですね。

そうですね。求められる業務だけ手早く終わらせがちですけど、与えられた仕事をこなすばかりではなく、人の気持ちに寄り添うコミュニケーション力が必要だと思うんです。たとえば、定期健診で採血するときにも「今日のランチどうするんですか? 」などと話しかけるだけでも心の距離は随分違います。

心のゆとり時間を大事にしながらも、収入アップは諦めない

――新しい仕事も臆せず挑戦されている上戸さんですが、収入の安定という意味で、現在の働き方はいかがですか?

病院に勤務していた頃は、夜勤も含め月収45万円くらいでしたが、フリーランスになってからは少ないと月収10万円ほどのときもあります。夫の収入もありますが、自分だけの収入としての目標額もあるので、やはり収入は増やしたいですね。

――なるほど。

ただ、心にゆとりが持てるだけの時間は欲しいので、そうなると生産性を上げるしかありません。なので、自分の価値を上げることに注力するべく、目下、講師の仕事を頑張りたいですね。「コミュニケーションスキルを教える看護師」という意味ではロールモデルがいないので価値向上にもつながります。あとは、クリニックと直接コンサルティング契約して、人間関係の大切さを教えていくことを仕事として確立していきたいなと思っています。

――お金と自由を両立させるためにはどうすればいいのか、しっかり考えられていて素晴らしいです。

でも、一番はお金よりもやりがいですね。病院勤務のときは、いつもイライラしていたり、眠れなかったりすることも多かったので、ストレスがないことが何より大事。フリーランスは自分で仕事を選べますし、スケジューリングもできるので、それだけでも心に余裕が生まれます。

――これから、フリーランスナースは増えていきそうな予感はありますか?

固定勤務先の病院でパートしながら派遣の単発の仕事を受けるケースは聞きますが、どこにも所属していない完全なフリーランスは、私以外で2人しか知らないので、まだまだこれからではないでしょうか。ただ、関心を寄せる看護師が増えているのは確かですね。以前、フリーランスナースをテーマにしたセミナーを開催したことがあったのですが、10人近く参加してくれました。個別に問い合わせてくれた人もいてセッションを行いました。

――ちなみに、フリーランスナースになるためには、どんな心構えが必要でしょうか?

どんなフリーランスにもいえることかもしれませんが、時間に余裕はできる反面、代わりがいないので時間やお金、体調の管理が必要になるということですね。通常の看護師業務では経験しないスケジューリングや、取引先との打ち合わせなどが発生します。細かいことですが外出が増えるので、待ち合わせ場所を間違わないように地図は読めるようにしておこうとか、看護師業務以外の事前準備は必要だと思います。

――最後に、これからチャレンジしてみたいことがあれば教えてください。

最近、要介護者向けの旅行添乗サービスを立ち上げた方と知り合いになったので、その分野で仕事ができるといいなと思っています。たとえば、孫の結婚式に出たいとか、桜の花を見たいとか、人生最後の夢をかなえるためにサポートできたらいいなと。ただ、重症度が高いので、ご本人やご家族としっかりコミュニケーションをとることが大事になります。なので、これまでの看護師、選択理論心理士としての経験をしっかり活かしたいですね。

(取材・文:末吉陽子 編集:ノオト)

取材協力

上戸綾さん

看護師として医療現場で16年以上のキャリアを積むが、理想と現実のギャップを感じ苦しむ。様々な働き方を模索するなか旅に付き添う「添乗看護師」という仕事と出会い、7年前より日本では珍しいフリーランスナースとなる。“幸せなひと、幸せを選択できるひとを増やすお手伝い”をミッションとし、全国で勉強会や講演を行うほか、カウンセラーとしても活躍中。

【資格】
看護師、選択理論心理士、脳科学的栄養学® サプリメントライフトレーナー&経皮毒インストラクター。

https://ameblo.jp/ayayayahappy1201/

この記事の筆者

末吉陽子

編集者・ライター。1985年、千葉県生まれ。日本大学芸術学部卒。コラムやインタビュー記事の執筆を中心に活動。ジャンルは、社会問題から恋愛、住宅からガイドブックまで多岐にわたる。
▼公式サイト
http://yokosueyoshi.jimdo.com/

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