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2018/11/09 up

開業資金は2,200万円! 大手ビールメーカー出身の醸造家・金山尚子さんが独立して得たこと

text by 末吉陽子

北千住に店を構えるビアバー「さかづき Brewing」。メディアで幾度となく取り上げられ、ビール通もうなるクラフトビールを提供する店として知られています。同店の経営とビールの醸造、その両方を手掛けているのが、オーナーの金山尚子さん。

もともと大手ビール会社に勤めていた金山さんは、自分のビールを造りたいと一念発起。イチから経営を学び、会社を設立しました。そもそもビールを開発するのに、いくら費用がかかるのかなども交えて、金山さんならではの仕事にかける想いについて伺います。

アメリカ研修で、ビール造りを楽しむ仲間の姿に刺激を受けた

――まずは、ビールに興味を持ったきっかけを教えていただけますか?

東北大学の農学部で微生物学を学んでいたのですが、進路を決定づけたのは、当時のアルバイト経験ですね。大衆居酒屋で働いたところ、ビールの魅力を知り、のどごしや風味、おいしさを左右する成分の研究をしたいと思うようになりました。

――新卒で大手ビールメーカーのアサヒビールに入社していますが、希望通りの職種には就けましたか?

それが、全然(笑)。本当は研究所で働きたかったのですが、工場に配属されて、製造現場で仕込みから発酵、熟成タンクのビールの品質管理や設備管理をする生産部門での採用でした。でも、ここでビール造りのイロハや安全面の管理、掃除方法などを徹底的に叩き込まれましたね。いまとなっては当時の経験が生きています。

――独立を考えるようになったのは、何が決め手だったのでしょうか?

アサヒビールには9年間在籍して、最初の4年は製造現場で、残りの5年は研究に携わりました。その期間で、ビールの醸造技術やレシピ開発がかなり学べたので、そろそろいいかなって。

年齢もちょうど30代に差し掛かっていたので、これから先のキャリアをどうするか考えたときに、より自由に楽しく働きたいと考えるようになりました。大手企業では安定した生活が見込めますが、私の中での優先順位は、それよりも「自分が楽しくいられること」が大切だったんです。

――それで、ビールの醸造に挑戦しようと?

そうですね。自分にできることはビール造りしかなかったので、自然な流れ……というより必然的な選択だったと思います。

以前会社の研修で、ビール醸造学を学ぶためにアメリカに滞在した約1カ月間がとても楽しくて。アメリカ人やメキシコ人もいる多国籍クラスで、彼らが楽しそうにビール造りの話をしていたことに刺激を受けました。小さな規模で多様なビールを生産する醸造所「マイクロブルワリー」を見学させてもらうなど、そのときの経験も独立につながる原点だったかもしれません。

開業資金は2,200万円! ビールを囲んで楽しめる場を作りたかった

――独立を決めてからは、どのように動いたのでしょうか?

退職を考えてから実際に辞めるまでは、1年ほどでした。醸造したビールをその場で飲んでほしかったので、当初からビアバーにするつもりで、どんなお店にしようか、どんなビールを造ろうか、構想を温めていたんです。

退職したのは、2015年1月。翌2月から物件を探したり、ビールを醸造するにあたって必要な製造免許を取得したりと動き出しました。物件は妥協したくなかったので、5カ月ほど探し回りました。この場所は7月に見つけて、立地の良さに惹かれて契約。内装の計画やスタッフの採用、ビール製造免許の取得などに時間がかかり、オープンは2016年3月でした。

――ちなみに、開業資金はどれくらいかかりましたか?

トータルで2,200万円くらいですね。ビールを醸造する設備だけで、500万円ほど。資金のほとんどを、日本政策金融公庫で借りました。国の創業促進補助金に申請したところ、200万円交付いただいたので、とても助かりましたね。

でも、開業するまではお金にゆとりはなく、貯金を切り崩して何とか食べていました。

▲醸造に使用する設備はすべて金山さんの手作り

――個人事業主ではなく、法人設立されての独立。その理由は何だったのでしょうか?

正直、違いがよく分からなかったんです。人を雇うから、法人のほうが社会保険などの制度設計がしやすいイメージでした。ただ、いまとなっては個人事業主の方が税金の負担が少なくて楽そうだなとは思います。法人税などは1年に2回払うのですが、1カ月の売上に近い金額になりますね。びっくりして腰を抜かしそうになりました(笑)。

――現在、開業から2年7カ月ほど経ちますが、経営に悩むことはありますか?

原価などのコスト感覚はありますが、いまは期待値以上のもうけを出せているので、正直なところあまり悩みはありません。もちろん無駄遣いしないように工夫はしていますし、税理士さんにアドバイスいただきながら帳簿もしっかりつけてはいます。

毎月仕入れの代金を払えないとか、苦しいシチュエーションであれば考え方も違うと思いますが、幸いなことにいまはお客さまに恵まれているので、もっとよいサービスや、より満足していただけるビールを開発するためにどうしたらいいのかに注力しています。

――なるほど。ちなみに、いま売上はどれくらいでしょうか?

一番伸びる7月だと、550万円くらいですね。落ち込むのは11月で、400万円ほど。ただ、現状の設備でのビール製造能力に鑑みても、550万円以上の売上は望めないので、経営状態は順調と考えています。

――オープンしてから大変だったことはありますか?

ありがたいことですが、想定よりも忙しくなって、人手不足で大変だった時期もありました。お店の営業、ビール製造、会社の運営を一挙に担っていたので、体力的にきつかったですね。

あと、ビールの需給バランスを調整するのが、しんどくって。ビールって今日仕込んで明日できるものではなく、3週間くらいのタイムラグがあるんです。オープン1年目は、そのサイクルが上手に回せず、ビアバーなのにビールを2種類しか出せずにお客さまをがっかりさせてしまった日もありました。

――ブレイクのきっかけは、何かあったのでしょうか?

2016年は、ちょうど都内に醸造所併設レストラン(ブルーパブ)が増加し始めるタイミングで、少しだけその先駆けになれたんです。「女性醸造家」「大手ビールメーカー出身」というキーワードにも引きがあって、テレビや雑誌に取り上げられることも多く、はっきり言って超ラッキーでした。タイミングが大きかったと思います。いま開業していたら、ここまで順調にはいかなかったかも。

――金山さんお一人でビールを造るとなると、お店全体に目が行き届かなることはありませんか?

なので、8月の一時期に思い切ってお店をクローズすることにしました。営業したほうが売上になるのは分かっていますが、ビールが足りなくなってお客さまをがっかりさせたくないんです。いつ足を運んでも、ビールを飲み比べたり、味のバリエーションを楽しめたりできるお店でありたいと思って決断しました。お店のクローズで常連のお客さまをがっかりさせてしまうかなと心配しましたが、結果的に「おいしいビールが飲めるほうがいいよ」と歓迎していただけました。

丹精込めて“育てる”ビールが愛おしい。醸造家として満足度の高い仕事ができている

――店内も、とても優しい雰囲気で居心地がいいですね。

ありがとうございます。ビアバーは、ツウが通うイメージがあるかもしれませんが、マニアックな空間にはしたくなくて。基本的にビールは主役ではなく、脇役だと思っているんです。大事なのは、時間や会話を楽しむこと。

その場を盛り上げるためのビールなので、お店作りに際しては、ワイワイ楽しめる場を作りたいなと思っていました。そしたら自然と女性も増えて、土日には子ども連れのお客さまも来てくださるようになりましたね。

――ビールは、何種類ほど提供していますか?

最初は4種類からはじめて、いまは常時6~9種類用意しています。改良などを含めるとレシピは200種類を超えましたね。フルーツやハーブ、酵母などさまざまな組み合わせで開発しています。

――すごいレシピ数ですね! ちなみに、味のこだわりは?

目指しているのは、“優しい味”。焦らず、ゆっくり大切に作ると、自然ときめ細かくまろやかで、優しい味になるんです。たとえば、発酵はビールの味を左右する、すごく大事なファクターなのですが、急がせてしまうと味が荒々しくなってしまいます。そうならないように、丁寧に仕込むことにはこだわっています。

――アサヒビールでのビール造りと、いまはどう違いますか?

目の前のタンクで、一つひとつ手作りするので、愛着が湧きますし、やはり充実感がありますね。大手のビールメーカーは、全国どこでも同じ味を楽しめるという意味ではすごい技術ですし、消費者に受け入れられると売上が何十億にもなる世界なので、造り手としてのやりがいはあります。私自身も、開発に携わったビールのポスターを、街で目にすると確かにうれしかったですね。

ただ、どちらかというと自己顕示欲のような部分が刺激されるだけで、深いところの満足感が得られていなかったかもしれません。いまは少量ですが、本当に自分がおいしいと思えるものを追求できるので、仕事の満足度は高いです。

ここだけにしかないおいしいビールを造り続けたい

――これからお店を長く続けていくうえで、大切にしたいことは何でしょう?

クラフトビールブームに乗って、ここまで順調に経営できてきましたが、ブームはいつか終わるもの。でも、本質的においしいものを提供できれば生き残れるはず。だからこそ、ただひたすらビール造りに集中することが大事だと思っています。来店してくださるお客さまとのコミュニケーションを大事にすることも、優先順位の最上位にしていきたいですね。

――日本、とりわけ都内はおいしいクラフトビールを飲める店がひしめいていますよね。どこまで追求したら、圧倒的な地位を築けるか悩みませんか?

そうですね。どうしたらいいのか、いま一番考えていることです。やはり一つは、バリエーションの多さを強みにすることかなと思います。たとえば、味も「すっぱい」「しょっぱい」「甘い」「苦い」などいろいろありますが、ビールにおけるそれぞれの味の違いが際立つように、きっちり作り込んで提供したいです。その日の気分や食事に合わせて飲めるビールの種類が多いと、うれしいですよね。

そしてもう一つは、何杯飲んでも飽きないビールを完成させること。バリエーションの豊富さとは矛盾するようですが、味や香りの主張の強いスタイルをずっと飲み続けると疲れてしまいますが、かたやラガータイプなどのスタイルはベーシックに楽しめるんです。バリエーションを増やしつつ、飽きないビールも造れるようにがんばりたいですね。

――ビール造りに賭ける、金山さんの強い想いを感じます。最後に、今後の目標を教えてください。

現在、シェフが作る料理に合わせてビールをペアリングするイベントを月1回開催しています。これはビールの造り手がお店をやっているからこそできることだと思いますし、お客さまから好評なので、もっと充実させていきたいなと思います。

あと叶うならば、もう少し広いスペースでパブを作りたいです。ここだとスペースに限りがあるので、ビールのバリエーションを増やすには、引っ越しも念頭に置いています。どこにいても、おいしいビールと食事でお客さまをおもてなしするスタンスは変えずにいきたいですね。

(※)文中における(さかづきBrewingで提供される)ビールについては、酒税法上は発泡酒に分類されるものを含みます。

(取材・文:末吉陽子 編集:ノオト)

取材協力

金山尚子さん

東北大学で農学・微生物を研究。卒業後、大手ビールメーカーに勤めたのち独立。2016年3月に東京・北千住にビール醸造所を併設した、出来立て手作りビールを楽しめるブルーパブ「さかづきBrewing」をオープン。オーナー兼醸造家として活動中。

さかづきBrewing FBページ:https://www.facebook.com/sakaduki/

この記事の筆者

末吉陽子

編集者・ライター。1985年、千葉県生まれ。日本大学芸術学部卒。コラムやインタビュー記事の執筆を中心に活動。ジャンルは、社会問題から恋愛、住宅からガイドブックまで多岐にわたる。
▼公式サイト
http://yokosueyoshi.jimdo.com/

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