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2018/10/26 up

大手教室からの独立で収入は3倍に――ピアノ講師・礒山久理さんが30年以上指導を続けるコツ

text by 五十嵐綾子

身近な習い事のひとつとして、子どもの頃にピアノを習っていた人は少なくないはず。習う場所は、大手音楽教室から個人宅レッスンまでさまざまな選択肢があります。

今回は、千葉県松戸市の自宅で教室を開くピアノ講師・礒山久理さんを訪ねました。指導歴30年以上の礒山さんが16年前に独立した事情や、生徒を絶やさず長らく教室を続けてこられたコツなどを伺います。

大手音楽教室に勤めながら、さまざまな仕事を並行

――まずは、礒山さんがピアノを始めたきっかけを教えてください。

公立の小学校に通っていましたが、音楽を専門とする校長先生の方針で、放課後の音楽室で大手音楽教室の先生を招いてピアノ教室が開かれたんです。「絶対やりたい!」と意気込んで2年生から習い始め、中学生以降は独学の時期が長く続きました。

――ピアノを仕事にしようと考えたのはいつからですか?

大学を卒業して、進路を考える段階になってからです。教育大学で幼児教育を専攻していたのですが、やはり音楽には特に興味があって。独学ではなく、よりしっかり勉強するために何人か先生に師事したり、聴講生として教育大学の音楽科で学んだりするうち、大手音楽教室の講師として採用してもらいました。

――大手音楽教室の講師は、具体的にどのような仕事内容でしょうか?

4~5歳くらいの小さな子には、大人数で電子オルガンを一斉に弾くグループレッスン、大きくなったら個人レッスンを行います。講師だけでなく、楽器の販売や生徒の募集など営業的な仕事もあり、大変ではありましたが、独立前のよい勉強になったと考えています。

――大手の教室に勤め続けず、独立したのはなぜですか?

収入面で悩んだためです。教室の給料は歩合給で、生徒の月謝の6割に届くか届かないかといった程度でした。それだけでは生活は苦しく、ほかの先生もアルバイトをしている方がいましたね。私も仲間に紹介してもらったバレエピアニストの仕事や、中学生に高校受験の勉強を教える家庭教師をしていました。もともと教育大学にいて、教えること自体に興味があったので、ピアノのレッスンと家庭教師を並行してもあまり違和感はなかったんです。

――脱線しますが、バレエピアニストとはどんな仕事ですか?

バレエのレッスンに合わせてピアノを弾く仕事です。バレエのレッスンではCDなどで音楽をかける以外に、生のピアノを使うときもあります。お稽古内容に沿って、先生や生徒さんと息を合わせて、レッスンの間ずっと演奏し続けるんです。かなり肉体労働で、特殊能力がいる仕事です。

ネットを活用した集客で収入は2倍以上へ。バレエピアノ経験も大きな強みに

――3年で大手教室を辞め、2002年から松戸で教室を開いたそうですね。最初はどのように生徒さんを募ったのでしょうか?

まずは郵便局の掲示板にチラシを貼り出しました。個人の教室を探している人が多くて、徐々に生徒さんに来てもらえるようになりました。

また、同時期にホームページも開設しました。当時は個人のピアノの先生があまりネットで発信していませんでしたが、私は生徒を募集していることや、自分がどんな活動をしているのかといった情報を積極的に発信するようにしていたんです。特にバレエピアノという特殊な経験があり、情報サイトを作ったこともあります。

すると、非常に広範囲から生徒さんが来てくれるようになりました。中でもバレエピアノを習えるところは少ないので、「バレエのピアノを学びたい」「先生の情報サイトを見て勉強しました」という方が遠くからでも通ってきてくれていますね。

――バレエピアノ以外ではどんな目的の生徒さんが多いですか?

習い事として通うお子さんのほか、小さい頃にお稽古事として習っていて、また再開したいという大人も多いです。ホームページに記載した私のレッスンに対する考え方などに共感してくれて、バレエピアノ目的の方以外でも「礒山先生がいい!」と言って来てくれる方はよくいるんですよ。現在は男女問わず、20人ほどに教えています。

――レッスン料は、月謝以外にもワンレッスン60分 5,000円~などもあるのですね。どのように設定したのですか?

個人や大手のさまざまな教室の料金をチェックして決めました。大手教室には、レッスン料に加えていろいろな料金が加わるので、個人の教室には大手よりも月謝が安いことが求められます。「大手より安く」は意識していましたね。ちなみに値上げは一度もしていません。

 

――独立後、収入にはどんな変化がありましたか?

大きく変わりましたよ。大手教室に勤めていたころと比較すると、2倍以上~3倍程度になりました。レッスン代のほか、不定期で歌の伴奏の仕事などで演奏料が入ることもありますね。とはいえ、中には「いつ寝ているの?」と思うくらい、日本中を忙しく駆け回っている先生もいて、そういった先生の収入はこんなものじゃないんですよ。やはり当然ですが、生徒が増えれば収入が増える仕事なのです。

――逆に、教室運営にはどのような支出があるのでしょうか?

自宅を教室として使っているので、家賃と光熱費が大きく占めています。年一回の調律も必要ですね。そのほかはこまごまとしたことです。

楽譜は生徒さん自身で買ってもらいますが、それ以外のレッスンで使用する備品は、スリッパから自分が着るレッスン用の洋服まで経費として申告していますね。また書籍や、研修に行くための交通費、コンサートのチケット代など、自分の勉強のための費用も挙げられます。発表会を開く際には、レッスン料のほかに別途、発表会費をいただくようにしていて、会場代などを賄えるよう調整しています。

生徒に寄り添えるのが個人教室の強み

――指導の際に心がけていることはなんですか?

大人と子どもで異なりますね。一般的に、大人の生徒さんには「一曲弾けるようにする」という指導の仕方が多いのですが、私は基礎をしっかり固めることを重視します。指が動かないとピアノは弾けないので、曲だけを弾く指導では技術が上達せず、ジレンマが大きくなるばかりです。

大人になると目先のことだけでなく、先を見据えて物事を考えられるようになります。自分の経験から「今はこういう段階だけど、もうちょっと頑張ればうまくなる」と、変化していけることがわかっているのです。そのため、ショパンなど有名曲に取り組むだけでなく、地道に基礎練習を続けている生徒さんは多いです。

――子どもには「先を見通す」考え方は難しそうですが、子どものレッスンで意識していることは?

子どもにはまず、「レッスンの時間が楽しい」と思ってもらえるように意識しています。多くの子は音楽が好きなはずなのに、レッスンが嫌になってしまうのは、必要以上の厳しさがあることが考えられます。一緒に歌ったり、手をたたいたりして、遊び感覚で楽しく読譜力やリズム感など音楽の基礎が養えるようにしています。

また時代の変化に伴って、子どもへの接し方を切り替えた部分もあります。最近は、共働き世帯が増えたため、親と過ごす時間が少ない子が増えています。昔はほとんどなかったのですが、今はレッスンに来ても「ママと一緒がいい!」と、親御さんから離れられない場合が多いので、そんな時はお母さんに同席してもらい、先生と一緒にリズム打ちができたらお母さんにハグしてもらうなどしています。すると、心が安定してレッスンに集中でき、だんだんとマンツーマンのレッスンに移行できるんです。

――大人から子どもまで幅広く指導するとなると、相当忙しいのでは?

そうですね。一日に1レッスンしかない日もありますが、土曜日は希望者が多いので朝9時半から7人ほどのレッスンが詰まっています。個人事業主が生活していくだけの収入を得るには、頑張らなければならないときもありますね。

生徒さん一人ひとりの事情に合わせ、日時を調整することは大変ではありますが、これは個人教室ならではの強みでもあります。「試験があるから、この期間はお休みしたい」「レッスン日を振替えてほしい」などの要求に細かく応えられるからこそ、個人のピアノ講師は成り立っているのです。

「教えて稼ぐ」意識と、時代の変化に対応する力

――開業から生徒を絶やさず、続けてこられたのはなぜですか?

「食べていかなきゃ!」という意識が強かったためだと思います。今の40代以上のピアノの先生方は、黙っていても近所から生徒が来るバブル時代を経験しているため、稼ぐ意識が低くのんびりしている方が多いです。

しかしリーマンショックや少子化などの影響で、今はピアノを習う人が減少していて、努力しないと生徒は減っていく一方。若い先生方は何もしなくても生徒が来る時代ではないことを骨身に染みてわかっていて、ネットで情報発信したり、集客のためのセミナーを開いたり、生徒を獲得しようと必死です。

ピカソやカラヤンなど芸術の世界で生き残った人はみな、芸術性だけでなく経済面の意識も高く、とても商売上手な人が多かったそうです。今はピアノの先生にも、「商売している」という意識が求められる時代ですね。

――今後の展望を教えてください。

小さな子どもたちの育成に力を入れたいです。ピアノを楽しく弾きながら、音楽性や技術を身に付けるには、やはり小さいうちから習うのがよいと思います。

また、私も講師経験が長くなり、おばあちゃん先生の段階に入ってきたので、ピアノに限らず、親御さんたちに子育てのアドバイスなどもできたらとも考えています。大学で幼児教育を専攻していたころから変わらず、やはり私は「教える」ことが好きなんです。

(取材・文:五十嵐綾子 編集:ノオト)

取材協力

礒山久理さん

本格的に音楽を学び始めたのは、北海道教育大学在学中の22歳。晩学の悩みを抱えながらも勉強を続け、大手音楽教室講師をスタートにピアノ指導者として多くの生徒を育てている。バレエピアニストを中心に演奏活動を続ける一方、現在は心理カウンセリングを勉強中。1960年9月生まれ、青森市出身。

礒山久理ピアノ教室(松戸駅東口) http://www.isoyama-piano.com/

この記事の筆者

五十嵐綾子

ライター・編集者。立教大学史学科卒。編集プロダクションで情報誌編集・ライティングに携わり、フリーランスに。歴史への興味・関心を活かした歴史関連の取材記事・書籍執筆などをはじめ、ウェブ・紙問わず幅広く執筆。世界遺産検定1級・学芸員資格有。

Twitter:https://twitter.com/igacham

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