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2018/10/12 up

専業主婦や介護経験を経て選択した、自分らしいキャリア―フリーランス経理・山下裕子さん

text by 末吉陽子

撮影=小野奈那子

企業のお金の流れを数字で管理する「経理」。一般的には社員が担当するイメージですが、中にはフリーランスに委託するケースも。経理のスペシャリストとして活躍する山下裕子さんも、複数の企業と契約を結ぶフリーランスの一人。10年以上の専業主婦時代を経て、悪戦苦闘しながら社会復帰。両親の介護に奔走しながら、独立の道を選んだ理由、仕事にかける思いなどについて聞きました。

女性の生き方が画一だった時代。簿記の資格でキャリアの再形成を試みる

――山下さんは、社会人生活のスタートから経理のお仕事をされていたのでしょうか?

はい。20歳で短大を卒業して、都内にある大手ゼネコンで経理部に配属されました。細かくいうと財務担当で、会社の収支の管理、いわゆるキャッシュフローをみていました。……といっても、お茶くみにはじまり、小口現金の管理など、お手伝い程度の仕事が主でしたね。

――経理の仕事は、いつから興味を持たれていたのでしょうか?

実のところ、就職に際しては「とりあえず大きい会社に入ろう」くらいのモチベーションでした。今から30年ほど前のことですが、女性は「結婚したら退職」が当たり前。とりわけ、ゼネコンという男性ばかりの職場でしたので、結婚して残る人はごくわずかでした。はっきり言えば、「仕事でやりたいことをやる」なんて志は毛頭なく、安定を求めて就職した感じです。

――「寿退社」が王道だったのですね。24歳で退職されたそうですが、それは結婚を機に?

そうです。24歳で結婚して36歳まで専業主婦をしていました。

――今の時代だと、キャリア形成において重要な時期に当たりますよね。専業主婦時代は、社会復帰したいと思ったことはないですか?

30代前半までは、あまり考えたことはありませんでした。夫の転勤で地方にいた期間が長かったのですが、そこでも専業主婦率が高かったので疑問も感じなかったですね。ただ、30代前半で東京に戻ると、共働きしているママ友も珍しくなくて、それがなんだか羨ましいなって。

そんな時、知人が簿記の資格を取得したと耳にして、私も経理の仕事をしていたし、もしかしたら仕事があるんじゃないかと。ちょうど下の子どもが小学校に入学して、育児もひと段落ついたタイミングだったので、挑戦してみようと決心しました。

――経理の資格は、どれくらいの期間と費用で取得されたのでしょうか?

社会人時代に経理3級を取得していたので、「日商簿記検定試験2級」の合格を目指す集中型のコースを選択。水道橋にあるスクールで、4カ月間みっちり勉強して合格しました。当時、費用は8万円ほどでしたね。

社会復帰するも年下の同僚から見下され……悔しさがモチベーションに

――10年ほどブランクを経ての就職活動、手応えはいかがでしたか?

専業主婦が10年の月日を経て社会復帰することの、難易度の高さを感じました。まず、ハローワークに仕事を探しに行ったのですが、ほぼ仕事はなく、派遣会社に登録しようとしても相手にしてもらえないという状況。10数社は受けたと思いますが、唯一拾ってくださったのが、下町にある小さな会計事務所。地元の零細企業の税務顧問をしているところでした。

――社会復帰してみて、いかがでしたか?

それはもう、悔しいことばかりでしたね。同僚は自分よりも年下ばかりですが、知識は自分よりもあって、「そんなことも知らないんですね」と言われることも……。そもそもパソコンからも離れていたので、エクセルも使えず、浦島太郎状態でしたから。でも、精神も鍛えられたというか、働くってこういうことなんだと覚悟ができました。できない自分を受け入れるしかありませんでした。

――ただ、ご主人が働いていて家計が安定しているとあって、無理に働かなくてもいい状況だったかと思うのですが、諦めなかったのはなぜでしょう?

おそらく性格的なものかなと。昔から、逆風に立ち向かいたくなるというか、悔しさをバネできるタイプなのも功を奏したのかもしれないです。

――会計事務所には、1年ほど勤務してから転職されたそうですね。きっかけは何だったのでしょうか?

小規模企業がメインのクライアントでしたので、より大きい組織の中で経理の仕事をしてみたいと思うようになりました。小さい企業だと規程がなかったり、取引のバリエーションが少なかったり、経理の仕事についてもスケールや経験できることの幅が違うんです。年齢的にもチャレンジするなら早めにと思い、転職活動を開始して、大手精密機械メーカーから内定をいただきました。面接担当が経理部の女性課長だったこともあり、経験値よりも期待値を評価してくださったのだろうと思います。

両親の介護が独立のきっかけに。スタートアップの経理に働き甲斐を見出す

――転職を経て、フリーランスになるまでの経緯を教えてもらえますか?

会計事務所から精密機械メーカーに転職。輸出入をしていたことから経理で外貨を扱うなど、新しく覚えることも増えました。仕事はとても充実していたのですが、就職2年目に社内体制が変わることになり、経理の仕事ができなくなる可能性が浮上。それは嫌だなと、転職を決意して流通系企業に移りました。そこでは、事業部に所属して、売上や予算を管理したり、本社とのパイプ役になったりと、確固とした組織体制のもと仕事をしていました。それまで、経理部の枠内でしか仕事をしてこなかったので、事業部という単位で他部署にも寄り添った仕事がとても新鮮でしたね。

7年勤めた流通系企業を辞めるきっかけは、両親の介護です。私は一人っ子で、面倒を見る人は自分しかいませんでした。近くに住んでいたのは幸いでしたが、病院の手続きやら介護支援をしてくれるケアマネジャーとのやり取りやらで時間を取られることに。施設に預けるにしても、金銭的なこともありますし、そもそも準備も心構えもできていなかったので、あらゆることが手探り状態でした。職場で同じような経験をしている人もいませんし、誰に相談できるわけでもない。狭いところに追い込まれていくような感覚でした。

そんな時、以前新聞で読んだ総合職系フリーランス女性と企業のマッチング事業を手掛けている「Waris」という会社を思い出しました。主に子育て世代を対象としていましたが「時間と場所にとらわれない」働き方が気になったのでダメ元で登録しました。

――仕事はすぐに決まりましたか?

登録してすぐに、小さなスタートアップから依頼をいただきました。ただ、当面は会社を辞めずに、副業でトライしてみることに。やはり苦労して正社員という立場を獲得してきた背景があるので、それを手放すことに不安と葛藤はあり、フリーランスの道に踏み切るまで4カ月は掛かりました。親の介護がきっかけではありましたが、すでに40代半ばとあって、その先のキャリアを考えると、このままでいいのかなというモヤモヤもあったんです。

――それは、なぜでしょうか?

何となく定年まで過ごすよりは、年齢を重ねても難しい仕事や新しい仕事に挑戦し続けたいという思いが芽生えたからです。また、スタートアップと仕事をするようになり、経営者のチャレンジングスピリッツに刺激を受けたことも、志向に影響したのかなと。これからのキャリアを見据えたときに、「専門分野には長けていても、経理面のケアが行き届かない、でも事業拡大していきたい」と情熱を注いでいる経営者たちの力になれたらと思うようになったんです。

フリーランス経理は信用第一。リスクを回避するマイルールを持つことが肝心

――独立して3年、現在はどのように仕事を進めていらっしゃいますか?

IT 企業が多いですが、スタートアップ6社ほどと契約を結んできました。Waris経由や知人からご依頼いただくこともありますし、ウォンテッドリーなどで求人募集している企業にアプローチすることもあります。業務内容は、会計システムの導入から月次決算、会計事務所とのやり取り、請求書等の整理保管、資金繰りなどです。必ずしも常駐しなくていいので、スケジュールを自分で組み、1つの案件でどれくらいの稼働内容になるか、案件ごとに見積もります。報酬はまちまちですが、1案件で月当たり10万円くらいがボリュームゾーンです。並行稼働は2、3社で余裕をもったスケジュールを組むよう心掛けています。

――経営者の皆さんは、山下さんのどのようなスキルを評価されていますか?

いま現在で言うと、やはりスタートアップでの経験でしょうか。皆さん、経理が重要なことはよく理解されていますが、本音では事業開発に時間をつぎ込みたいと考えていらっしゃるので、いかに対応してくれるかどうかを重視されているように感じます。そもそも未経験の方が経理のスキルを測るのは難しいので、直近でどのような企業で具体的に何をどこまでやっていたかがものすごく重要です。あとは、Slackなど新しいツールにも抵抗がないことも、企業との相性のマッチとして安心していただけるのかなと思います。

――ただ、会社のお金を管理する仕事とあって、フリーランスだと一層気をつけなければいけないような……。万が一、情報漏えいなどのリスクも大きいですよね。

もちろん、契約時に守秘義務の取り決めも行いますが、自分が実務でどこに線引きするか、マイルールはしっかり決めています。重要な書類は絶対持ち出さないとか、言われる言われない関係なく、リスクが高まることはしません。現金を置いている企業があれば、鍵をかけてしかるべき管理をしてくださいと、強めにお願いすることもあります。

働き続けることへの不安は拭い去れない。でも挑戦したいことが山ほどある

――長期のブランクがありながら、努力でキャリアを切り拓いてこられた山下さんに勇気をもらいました。

「働き続ける」ということが目標であるとするならば、そこへの不安は決して解消されたわけではないし、その不安はリタイアまで抱え続けるはず。でも、課題があって、それをクリアすることで、キャリアが積みあがっていくのではないかなと思うんです。「自分らしく働き続けるための道の探し方」については、フリーランスになって自由度が高まったのかなと。

――確かにフリーランスは、自分の気持ち、身体ひとつで、いかようにも動けますよね。山下さんはこれからチャレンジしたいことはありますか?

独立して1年程経った頃に、同じくフリーランスの社労士の女性とタッグを組んで活動するチーム「team CTRL」を立ち上げました。経理と人事は隣り合わせなので、経営者からすると領域の区別がつきにくいんです。相談を受けると、実はどちらも必要だったなんてこともあるので、横断的にサポートしたいなと。そうした活動以外にも、こんな仕事をやってみたいなっていう好奇心、こんな企業さんで仕事してみたいとか、経理のスキルを武器に人脈を築きたいなとか、挑戦したいことは山のようにあります。

あと、経理未経験だけど挑戦してみたいと考えている人を育てられたらいいなって思うようになりました。経理を通して人の役に立てる素晴らしさや楽しさを伝えていきたいですね。

(取材・文:末吉陽子 編集:ノオト)

 

取材協力

山下裕子さん

36歳で専業主婦から税理士事務所のパートとして社会復帰をする。精密機器メーカー、流通業で正社員として経理財務の仕事を続けるが、2015年よりフリーランスとして複数のスタートアップ企業の経理財務業務を担う。team CTRL  http://t-ctrl.net/

この記事の筆者

末吉陽子

編集者・ライター。1985年、千葉県生まれ。日本大学芸術学部卒。コラムやインタビュー記事の執筆を中心に活動。ジャンルは、社会問題から恋愛、住宅からガイドブックまで多岐にわたる。
▼公式サイト
http://yokosueyoshi.jimdo.com/

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