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2018/08/03 up

「収入0でも値下げしない」 書道家・根本みきさんの作品に込めた思い

text by 五十嵐綾子

撮影=小野奈那子

書道家といえば、和室で筆を片手に黙々と作品を仕上げる、格式高い印象。ただ、ほとんどの人はそれ以上のイメージがわかないのではないでしょうか。学校で習字の授業を受けて以来、書道から離れている人にとって、書道家がどのように生計を立てているのか、書作品の値打ちは実際よくわからないものです。

今回お話を伺ったのは、20代という若さながら書道界で活動する根本みきさん。書道にまつわる幅広い仕事内容や、作品価格をどのように設定しているのかなどを聞きました。

目指す道のためなら、2日間10万円のセミナーは安い

――まずは、書道家になられた経緯を教えてください。

書道との出合いは小学校2年生のとき。児童数の少ない学校で、一緒に帰る友だちがいなくて悩んでいたところ、学校のみんなが書道教室に通っていることを知って、「私も一緒に帰りたい!」と習い始めたんですよ(笑)。でも、書道自体のおもしろさにどんどんハマっていき、高校生まで続けました。

高校卒業後、どんな仕事が向いているのかわからず、飲食業やアパレル、工場勤務など職を転々として悩んでいたときに、母からの「書道が得意なんだから、先生を目指したら?」というアドバイスが響き、もう一度書道教室に通い始めたんです。

――書道を仕事にするには、どんなことから始めるものなのでしょうか?

まずは、書道教室を開講するためのセミナーに参加しました。今の私の師匠・高宮暉峰 (たかみや・きほう)先生のセミナーで、2日間で参加費10万円でした。あまり高価な買い物をした経験がない私にとって、正直最初は参加を悩みましたが、「自分が目指す仕事のヒントをもらえるなら、安いのでは?」と周囲の人に助言を受け、思い切って参加しました。

最初は「地元の福島で教室を開ければいいな」くらいに思っていたのですが、動き出したら仕事に対する熱が上がってきて。先生から激励の言葉もいただき、東京で書道の仕事をする決心ができました。

――上京当時、既にお仕事は持っていたのですか?

いえ、ゼロからのスタートでした。50万円ほどの起業セミナーに通って経営の仕方を学びつつ、SNSで宣伝をしていたら、フェイスブック経由で依頼が入り始めました。以降もSNSからご依頼をいただき続け、現在に至ります。最近では紹介で仕事をいただくことも増えたんですよ。

稼ぐため、今後の投資として……書道家の幅広い仕事内容とは

――書道家の活動は想像しにくいのですが、具体的にどのような仕事をされているのですか?

私の場合、最も力を入れているのが筆文字の提供で、収入の割合も最も多く占めています。企業や個人のお客さまから、希望の文字や書体、言葉に込めた思いなどをヒアリングし、世界に1点しかない筆文字をお届けする仕事です。

企業からは店舗看板や商品パッケージなどに使用する文字のご依頼が増えています。個人のお客さまは「自分に向けた戒めの言葉を書いてほしい」と頼まれることが多いですね。

――他にはどのような仕事をされていますか?

書道とペン字教室の講師です。趣味で書を楽しみたい人に向けて、会議室を借りて開いています。書道教室では古典作品をまねて書く「臨書(りんしょ)」や、課題文字の出来栄えを競う「競書(きょうしょ)」などを行っていますね。ペン字を習いたい人には、私が監修した書籍「30日で身につく ペン字練習帳 教科書でおぼえた美しい名文を綴る」(ユニバーサルミュージック合同会社)を使い、手本通りに書く指導をしています。

書道もペン字も、基本は手本の書体を完全にまねて基礎を学んだ上で、自分のオリジナルの文字をつくっていくという考え方です。とはいえ、書道にはどうしても堅いイメージがあるので、楽しく続けてもらうために和やかな雰囲気づくりを心がけています。

あと、企業のイベントなどで書道パフォーマンスをすることも。ステージ上で大きな紙と筆を使い、音楽などに合わせてダイナミックに文字を書きます。出演料は最低でも10万円で、そこに紙や墨、場所代などの経費を負担いただき、1回の報酬は15~20万円ほど。

一度に大きな額が入る仕事ですが、私は報酬よりも、パフォーマンスを見てくださった方から新しい仕事につながったり、人脈が広がったりすることを重視しています。実際、パフォーマンスをきっかけに新規の仕事をいただいたこともあるんですよ。

――その場で稼ぐだけでなく、今後の投資として受ける仕事もあるということですね。

そうですね。作品展示にも同じことがいえます。京都の清水寺で開かれた書画展に参加したり、個展を開いたりしたことがありますが、基本は場所代がかかりますし、作品を買っていただいた場合にしか報酬は発生しません。ですが、自分をより多くの人に知ってもらい、将来に投資する意味合いで、参加することもありますね。

――ちなみに、普段の作品制作はどちらで行っているのですか?

自宅の一室で行います。普段同じ部屋で生活もしているので、折りたたみ式のベッドを片付けて広いスペースを作ったり、作業着に着替えたり、前髪をあげたりと、気持ちを切り替えるためにいろいろと工夫をしています。

――作品制作中は、どんなお気持ちなのでしょうか?

お客さまに笑顔になってほしい、という思いを込めています。作品を見てただ「きれいだな」と思うだけでなく、その作品が活力になるなど、お客さまにとって何か意味のある存在になってほしいですね。文字は自分の分身のように感じるので、納品する際は「行ってらっしゃい」と見送るような気持ちです。

お金に困って考えた、人のつながりと作品の価値

――根本さんの公式サイトには、オリジナル書作品が3万円~などと、参考価格が記載されています。根本さんはご自身の作品料金をどのように設定されているのでしょうか?

既に独立している書道家さんの作品価格を参考にしました。3万円ってポンと出せる額ではないですし、よく路上で書作品を2,000~3,000円くらいで売っている人もいるので、「0が1個多くない?」と言われたこともあります。

しかし、この3万円の中には、私がこれまで蓄積してきた技術や、現在も月2万5,000円かけて通い続けている稽古代など、多くの経験と投資してきたお金が含まれています。「1枚ならすぐ書ける」と思われがちですが、渾身の1枚を仕上げるために100~200枚ほど書き直し、たくさんの時間を費やすことや、同じ作品が二度と生まれないという希少価値もあります。

――経験やお金、時間、希少性……すべて含んだ価格なんですね。

そうです。ただ、お金に固執しすぎず、人のご縁も大切にしたいと考えています。

実は私、起業してから2回、お金がなくなる経験をしているんです。原因は主に経費のかけすぎでした。月収が10~80万円と月ごとにばらつきがある中、レンタルオフィス代5万5,000円、家賃9万円、ウェブサイト改修料2万円、2台持ちしていた携帯料金2万円など、ひと月に30万円近く使っていたんです。

すっかりお金がなくなってしまい、アルバイトしたり、人から助けてもらったりして……本当にどん底でした。実家に帰ればお金に困らず暮らせるし、簡単にやめられるなとも思ったんです。

でも、「ここでやめたら何しに東京に来たんだ」「今がどん底なんだから、あとは上がるだけだ」と立ち直り、お金の使い方を見直した結果、ひと月の経費を12万円ほどに抑えることができました。

この経験は今思い出しても、背筋がぞわぞわするくらい怖いですが、得たものもありました。励ましの言葉をくれる方や、お金を貸してくれる方がいて、人のつながりの大切さが身に沁みたんです。生活のためにお金は大事ですが、それだけではないと痛感しましたね。

――では、設定した料金よりも安くすることもあるのでしょうか?

予算がなくて困っている方には別途見積もることはあります。ただ、作品を売りやすくするために値下げすることはしません。またお金がなくなったとしても、値下げはせず、アルバイトをするでしょう。1点限りの良い作品をお客さまに提供したい思いは、そのくらい強いんです。

やりたいことは変わっていくが、根っこの思いは変わらない

――幅広い仕事にチャレンジされていますが、今後の展望をお聞かせください。

今、一番したいことは練習と勉強です。独立時はどんどん仕事を受けていましたが、東京で仕事をしてみて、自分の力不足や知識のなさを実感したので、もっと勉強して基礎を固めたいんです。

こうした心境の変化で、独立当初から使っていた「書道家 みらい」の名前を、今年5月末に本名の「根本みき」に戻しました。現在行っている仕事以外にもやりたいことがあるので、「書道家」という肩書きに捉われずに活動できますし、太く根を張った木をイメージさせる名前なので、基礎を固めたい今の自分にぴったりではと、気に入っています。

――他にどんな活動をしたいですか?

いっぱいあります。まず、現在作っている作品は、ほとんどお客さまのご要望ありきですが、私だけの言葉や思いを込めた作品作りをしてみたいです。また、今は作品公開の場がSNSばかりなのですが、もっといろいろなイベントに出展して、さらに多くの人に見てもらいたいですね。

他にも、写真が好きなので書道とコラボさせてみたいですし、書道作品を飾れるギャラリーカフェも開きたい。やりたいことはたくさんありますが、根幹にあるのは「書道で人を笑顔にしたい」という思いです。やり方は変わるかも知れませんが、この気持ちは独立前からずっと変わっていないんです。

(取材・文:五十嵐綾子 編集:ノオト)

取材協力

根本みきさん

幼少期から続けている書道に可能性を感じ、2015年に生まれ育った故郷、福島を離れ上京。同時に「書道家 みらい」として独立。2018年5月に​現在の名前に改名。書の古典を学び続けながらも、型にはまることなくさまざまな文化の要素を取り入れ、伝えたい想いや純粋に感じたことを書で表現している​。

公式サイト  http://shodoka-mirai.com/

この記事の筆者

五十嵐綾子

ライター・編集者。立教大学史学科卒。編集プロダクションで情報誌編集・ライティングに携わり、フリーランスに。歴史への興味・関心を活かした歴史関連の取材記事・書籍執筆などをはじめ、ウェブ・紙問わず幅広く執筆。世界遺産検定1級・学芸員資格有。

Twitter:https://twitter.com/igacham

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