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2018/07/27 up

キャリア25年のプランツスタイリスト井出綾さん「誠実さで仕事を創る」

text by 末吉陽子

撮影=小野奈那子

空間やシーンに彩りを与えてくれる「フラワーアレンジメント」。色とりどりの草花の個性を見極め、配置や構成によって、美しさをデザインする技術です。「なんとなく素敵」と思うアレンジメントにも、生ける人のセンスやテクニックが反映されています。

そんなフラワーアレンジメントの世界に、25年にわたり身を置いているのが、井出綾さんです。自然と暮らしをつなぐことをコンセプトに、オリジナルの“プランツスタイリスト”という肩書で、日々の生活に溶け込む気配を醸すアレンジメントを創出。そのナチュラルな世界観が、多くの人を魅了し続けています。そんな井出さんに、フリーランスとして長く仕事を続けるコツや、お金のことなどを語ってもらいました。

ファッションの世界を目指すも「これじゃない感」が払拭できなかった

――井出さんはプランツスタイリストとして、25年間第一線で活躍されていらっしゃいます。フラワーアレンジメントの仕事をはじめられたのは30歳からとのこと。それまでは、ファッションの世界を志していた時期もあるそうですね。
はい、もともとは神戸の短大に進学したのですが、ファッション業界に進みたいと、就職せずに東京の服飾専門学校に入学しました。学びながらアシスタントの経験もしたものの、「これじゃない感」があって何かしっくりこなかったんです。

若い頃ならではの逃げかもしれませんが、周囲の人たちにくらべると「自分って志もセンスも全然大したことない」と挫折。洋服で食べていく覚悟と情熱を持てないことに気づき、ファッションの世界からは身を引くことにしました。

――ファッションの世界から離れてからは、どのようなお仕事を?

どうしようかなと思っていたときに、ご縁もあってインテリア雑貨販売店に就職しました。さらに、そこから転職して、広告制作を請け負う小さなグラフィックデザイン事務所へ。とはいえ、グラフィックデザインはできないので、デスクワーク中心。撮影のセッティングや経理など、マネジメントの仕事をしていました。ちょうど24歳くらいの頃のことですね。

――そこから、花を扱う仕事に進もうと思ったのは、何かきっかけがあったのでしょうか?

はっきりとした転機があったというよりは、花に惹かれる自分にゆっくりと気がついた、というほうが正しいかもしれません。仕事で資料集めをしているときに、写真集や洋書のページをめくっていると、必ず花のところで手がとまっていたんですよね。そんな自分に気がついて、「自分が求めていたものが花の世界にあるんじゃないか」って。

――考えに考えた結果というより、自然な流れだったのですね。

はい。ただ、ファッションの世界に進んだのも、洋服で何かを表現したいと思っていたからで、もともと“表現したい欲”が強いタイプの人間なんです。グラフィックデザイン事務所で働いているときも、デザイナーやカメラマンなどクリエイティブな人に囲まれながら仕事をする中で、どこかうらやましさを感じていました。ファッションは「これじゃない感」があって挫折しましたが、それに代わるものをずっと求めていたのかもしれません。それが花だったんです。

2人目の出産を機に花の仕事に進み、その後プランツスタイリストとして独立を決意

――それからプランツスタイリストとして独立されるまで、どのようなキャリアを積んだのでしょうか?

華やかに生けられた花よりも、里山の景色のような自然の中にある山野草や花に惹かれていたので、それを毎日の暮らしになじむようなアレンジに落とし込めたらいいなと思いました。まずは、自分の目指す世界観に近い先生を見つけ、花教室のレッスンに通うことに。引き続き、グラフィックデザイン事務所に勤めながら、仕事終わりや休みの日に通いました。

花の仕事に進むのを決めたのは、30歳で2人目の子どもを出産するとき。産休後復職するときには好きな仕事しようと、思い切って退職しました。それから、花教室で2年間働いた後、独立しました。

――育児しながら、新しい仕事にチャレンジすることに不安はありませんでしたか?

不安はなかったです。やはり、何かを表現する仕事をしていきたい気持ちが強かったのと、働かない人生は想像していなかったので。もしうまく行かなかったら、別の仕事をすればいいと思っていました。ただ、洋服と違って、花に関しては揺らぎない「好き」という思いを感じていたので、ネガティブなことは考えていませんでしたね。

――開業資金はどのように捻出しましたか?

開業資金は、ほとんど必要ありませんでした。もし花屋さんだったら、お店の敷金・礼金、内装などが必要ですが、私のような場合は店舗も必要ありませんし、依頼を受けてから花を仕入れるので、自宅でも開業できます。

開業にあたっては、花教室で一緒だった仲間5人くらいで、1人5万円ずつ出しあい、最低限必要な資材の購入やDMなどの営業ツールの制作に充てました。ちなみに、当時の仲間とは1年程度で自然に解散して、その後は一人で仕事を続けています。

――開業当時はどのようなお仕事が多かったのでしょうか?

まずは、ブライダル雑誌に営業をかけました。私の持ち味であるナチュラルテイストなアレンジメントは、それまでのブーケと趣向が異なりましたが、ニーズがあるということでブーケ特集に写真を載せていただけるようになったんです。ちょうどオリジナルウエディングのブームと重なったのが良かったと思います。

また、結婚式会場にも利用されているレストランやドレスショップにも営業。その中で、創業初期のドレスショップとの専属契約を獲得できました。

あとは、花の専門雑誌「花時間」に、友人のすすめで営業に行ったところ、テイストを気に入っていただき、誌面で取り上げてもらえるようになりました。それを機に、さまざまな雑誌からオファーをいただくように。ありがたいことに、仕事は途切れませんでした。

リヤカーを引いて花束を売ったことも。開業時はいちから仕事を創った

――いまでは、雑誌から花教室の主宰、書籍、ガーデンデザインなどマルチに活躍されていますが、最初はいちから仕事を創っていたのですね。

そうですね。独立したら、自分で仕事を創らなければいけないと、覚悟を決めていましたから。全然うまくいきませんでしたが、リヤカーで自由が丘に花束を売りに行ったり、オフィス街に足を運んでみたりもしました(笑)。

花教室についても、最初は人に教えるなんて無理だと思っていましたが、友達が「やってみればいいじゃん」と背中を押してくれて、じゃあやってみるかという感じで、いまではカルチャースクールなどでも複数クラスを担当しています。いま振り返ると失敗を恐れず、何事もやってみる姿勢だったのが功を奏したのかもしれません。

――同業者との差別化については、どのようにお考えでしたか?

どちらかというと、雑誌や広告媒体で仕事をしたいと思っていました。グラフィックデザイン事務所時代の経験から、媒体を制作するチームの一員になりたいという想いは強かったんです。ですから肩書は、あえてプランツスタイリストと名乗るようにしました。

これまでの経験を生かして、花だけではなく、その周りのものまでをスタイリングできることをアピールすることで、他の方との違いを出せたらと考えました。あと、デザインについては、色の合わせかたはよく褒められます。花の組み合わせ、色合わせなどは、積み重ねた経験から、自分なりのロジックが出来上がっていると思います。

色については、甘い色やパステルカラーよりも、たとえば緑も「あさぎ色」「山葵色」というように、どちらかというと日本の伝統色が好きで、花のセレクトにもそういう個性が出ているのかもしれません。

――ちなみに、案件ごとの単価はどのように設定されていますか?

開業時といまとで、単価に大きな変化はありません。小売業は原価率3割と聞いたので、花束やアレンジの仕事では、花など材料の仕入れに際して、そのラインを守っています。雑誌や広告の撮影についても、花代を出していただくようにお願いしていますが、スタイリング料金については、媒体ごとに決まっていますので、よほどの少額でない限り交渉はしません。ほぼ言い値で引き受けています。

――でも、井出さんほどキャリアを重ねた方なら、金額交渉の余地は十分にあるような気も……。

そこは、いただけるときにいただければいいかなって。私のざっくばらんな性格もあるかもしれませんが、もしクライアントが「予算が少ししかなくて」と申し訳なさそうにしていたら、「ぶっちゃけいくらか教えて」って聞きます。そのほうが仕事はうまく回ると思うんですよね。

長く仕事を続けるには「人にも自分にも誠実でいること」

――確かに、そのほうがお互いにすっきりしますよね。フリーランスとして好きな仕事を長く続けていくには、どんなことを心掛ければいいでしょうか?

「誠実なこと」だと思います。それは、人に対してだけではなく、自分に対してもです。自分の立ち位置はアーティストではなく、クリエイター。基本的にクライアントがいて、仕事をもらっているので、何を求められているのかを真剣に考えます。雑誌にしても結婚式のブーケにしても、お客さまが欲しているものを汲み取って、より良いかたちにするのが自分の役割です。

――自分が何をしたいかよりも、立ち位置を忘れないことが大事だと。

はい。誠実に向き合って、ちゃんと話をして、納得がいくところを見つけるように努力してきました。ひとつの仕事をするときは、依頼主がいてチームがいます。餅は餅屋、自分の立ち位置を踏まえて、その道のプロとしての最大限の良い提案をする。人にも自分にも正直な仕事をしていれば、おのずと次の仕事につながるのかなと思います。

――現在、57歳でいらっしゃいますが、今後のお仕事の展望についてお聞かせください。

30代から40代にかけては、「5~10年後も食べていけるのだろうか」と、ずっと不安を払拭できずにいました。いまは、65歳という世間一般的な定年が見えてきたところで、ここまでくるとあと5年くらいはそのままいけそうかなって。そんな風に少しずつ現役を伸ばしていければと。

ただ、重いものも持ちますし、体力勝負の仕事なので、いつまでできるのかなとは思います。どうやって長く仕事を続けていくかを考えながら、お金につながらなくても、いままでよりも少しだけ自分の好きなことを追求する活動も始めています。

――たとえば、どんな活動でしょうか?

2年ほど前からカレンダーを作って自主販売や、花農家さんから山に自生する植物を届けてもらい生ける 「野山の花の会」も始めました。自分の好きな花を生けては撮ってSNSに載せたり、仲間と一緒に花展を開いたりもしています。こうした挑戦を続けていけると、これまでとは違う自分が見つかるかなって。

あと、憧れではありますが、自分の庭を造って、そこで育てた花を生けたり、生けてもらえたりしたらなと。それができたら最大の贅沢ですね。

(取材・文:末吉陽子 編集:ノオト)

取材協力

井出 綾さん

1961年、兵庫県神戸市生まれ。プランツスタイリスト。「Bouquet de soleil」主宰。輸入雑貨店、デザイン事務所を経て、フリースタイルのフラワーアレンジメントとランドスケープデザインを学ぶ。1994年よりフリーランス。雑誌や書籍、Web、自宅での「花あわせ」レッスン、「野山の花の会」や、ワークショップなどを通し、暮らしの花を楽しむ提案をしている。

Bouquet de soleil    http://soleil-net.com/

この記事の筆者

末吉陽子

編集者・ライター。1985年、千葉県生まれ。日本大学芸術学部卒。コラムやインタビュー記事の執筆を中心に活動。ジャンルは、社会問題から恋愛、住宅からガイドブックまで多岐にわたる。
▼公式サイト
http://yokosueyoshi.jimdo.com/

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