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2018/07/20 up

25歳から運用した700万円を開店資金に! 落語×小料理屋「やきもち」の女将・中田志保さん

text by 末吉陽子

撮影=栃久保誠

東京・秋葉原駅から徒歩8分、オタクカルチャーの色が少し薄れたところにある小料理「やきもち」。2016年9月にオープンしたこの店の特徴は、お酒片手に落語が聞けること。寄席で活躍する噺家の落語を、間近で堪能できるスポットとして、じわじわと評判が広まっています。

この店を切り盛りする女将・中田志保さんは、東京大学卒業後、日本テレビに入社。ディレクターとして活躍していたという、ちょっと変わった経歴の持ち主。エリート人生に37歳で見切りをつけ、心機一転、個人事業主として飲食店のオーナーになった理由や落語にかける思い、そして開業資金や売上などについて聞きました。

東大卒、テレビ局員のステータスは37歳でおさらば

――中田さんは、新卒で日本テレビに入社されたそうですが、進路はテレビ業界一択だったのでしょうか?

はい。昔からドラマが好きで、ドラマ制作者になりたいと思っていたんです。最初は希望のドラマに配属されて、ようやくディレクターというときにバラエティに異動することに。最初は少し落ち込みましたが、やっぱり番組をつくるのは面白くて、激務ながら毎日充実した日々を過ごしていました。

――バラエティを担当したことで、「やきもち」にもつながる番組との出合いもあったとか。

バラエティにも慣れてきた34歳の頃、『笑点』を担当することになったんです。落語はほぼ聞いたことがなかったのですが、とにかく落語家の皆さんとおしゃべりするのが本当に楽しくて。『笑点』の楽屋は出入りが自由なので、暇さえあれば足を運んで、くだらない話でワイワイしていました。

その頃から、この楽しい時間をたくさんの人に感じてもらえる場所をつくりたいと思うようになったんです。

――独立を決意したのは、いつ頃のことでしょうか?

37歳ですね。直接のきっかけは編成局に異動になったこと。それまで現場仕事しかしていなかったので、長時間椅子に座り、パソコンに向かって仕事をするのは初めてで、とにかくつまらなくてつらかったんです(笑)。何年かしたら現場に戻れる可能性もありますが、年齢的にももうないだろうなと思って、退職を決意しました。

――とはいえ、お給料も良かったでしょうし、それを捨てることにためらいはありませんでしたか?

私がおそらく人生で一番大事にしているのは、自由でいることなんです。自由のためならお金はなくていいし、多少しんどいことでもやるという考えで生きているので、あまりお金にこだわりはないですね。

華やかなテレビ局に身を置いていたものの、ファッションにお金を使うこともなく、食事もロケ弁やコンビニで満足していました。いま振り返ってみても、かなり質素な生活だったと思います。物欲がないことも相まって、収入が不安定になりそうだからといって、自由な生活をあきらめようとは思いませんでしたね。

使わなすぎて貯まった500万円を運用で膨らませて開店資金に

――「やきもち」の開店は退職前から準備されていたのでしょうか?

そうです。『笑点』のディレクターをしていた頃から、落語会の主催を頼まれるようになりました。当時は趣味のレベルですが「コーディネーター的な仕事でギリ食べていけるかもしれない」と手応えはあったんです。

あと、祖母が料理の先生で、昔から手料理になじみがあるので、落語×小料理屋で、お座敷遊び感覚で落語を楽しめる場所をつくろうと物件をリサーチ。物件が決まったのとほぼ同時期に、退職の意向を伝えました。

――開店資金は何を元手に?

100%貯蓄ですね。日常生活であまりお金を使わなかったので、25歳くらいまでに貯めたお金を投資信託で運用して、700万円ちょっとまで増えたので、これを開店資金に充てました。

――それはすごいですね! ただ、開店準備は大変だったのではないでしょうか? 飲食店勤務の経験はないんですよね?

会社の有休消化期間を活用して、開店までの3カ月間、居酒屋の調理場で修業させてもらいました。料理は割と得意ではあったのですが、手順やどのタイミングで提供するかなど、ビジネスとしての側面を学ばせていただけたのは、とても貴重な機会でした。

――開店からもうすぐ2年、収入は会社員時代とくらべて、どう変化しましたか?

収入は3分の1くらいですね。逆によくここまでの減収で留められたなと、自分でも驚いています(笑)。最初の1年は生活費も出ず、すごく大変だったので。

――収入の目標は具体的に決めていますか?

目標は立てていません。というのも昨年、Yahoo!ニュースに私のキャリアについての記事が掲載されたときに、すごく忙しくなって売上も伸びたんですけど、そうするとアルバイトを雇うことになって人件費がかさむんです。この時期の収入を暇なときと比較してみたら、大差なかったんですよね。「ということは、私の手元に残るお金って永遠に変わらないんだ」と思って。それ以来、あまり自分の収入の目標は立てなくなりました。

――うーん……お店の売上は増えても自分の懐がうるおわないとなると、痛しかゆしですね。

この店さえあれば気持ちは満たされるので、自分は生きてさえいられればそれでいいやっていう(笑)。女将という立場上、お店に出るときは化粧や身なりにも気を配らないといけないのでお金は使いますが、普段はTシャツにジャージ。自分の生活は、どうでもいいんですよね。

「やきもち」でやる落語はカッコいい、と思われるように

――「やきもち」ならではの魅力は、お座敷遊びのような感覚で「落語」「お酒」「料理」を同時に楽しめるところかなと思います。料理はどのようなところにこだわっていますか?

料理のコンセプトは、“お袋の味”です。昭和中期の家庭料理を参考に作っています。最初は板前さんが作るような、すごい料理をつくらなきゃと思っていたのですが、中途半端にしかできなくて。

どうしようかなと思っていたときに、お客さまが昭和の家庭料理雑誌をくださったんです。これは、「家ではなかなかつくられなくなったけどお金を払って食べたい、かつ私がつくれるライン」だと感じ、コンセプトが固まりました。とにかくおいしいものを出すことを一番に考えて、手は抜かないようにしています。

 

▲中田さん手製の「蕪と鶏の炊き合わせ」(画像提供/やきもち)

――落語会は毎週火曜日と日曜日に開催していますが、高座に上がっていただく落語家さんはどのように依頼されているのでしょうか?

笑点時代から知った顔の落語家さんに声をかけたり、初めてお声がけする方には寄席終わりを狙って出待ちしてお願いしたりしていましたね。

――出待ちですか!

はい。基本的に落語家さんに同業者をご紹介いただくのは失礼にあたるので、よっぽどのことがない限りはお願いしません。私の好みもあって、芸に色気のある方を中心に依頼しています。

▲こちらは真打として活躍する落語家、鈴々舎馬るこ(画像提供/やきもち)

――落語家さんは、「やきもち」の高座に上がれることをどう感じていらっしゃると思われますか?

うちの仕事って決しておいしくはないので、よく協力してくださるなと常々思っているんです。

小料理屋としてのお店の雰囲気や私という女将の存在に価値を感じていただいているからか、おかげさまで落語家の皆さんからは「やきもちで落語をやるのはカッコいい」と好評いただいているようで。落語家さんは、粋かどうかを、とても重視していらっしゃるんですね。その意味では、「やきもちの高座に上がれること=粋」というイメージは持っていただけているのかもしれません。

だからこそ、若手の落語家さんたちからも、やきもちで落語ができるって素敵だなと感じてもらえる店にしなきゃとは思っていますね。

▲左:古今亭菊之丞、右:五明樓玉の輔。こちらのお二人も一流の落語家(画像提供/やきもち)

――お客さんは、どんな方が多いのでしょう?

最初は落語好きな方が足を運んでくださる感じでしたが、さきほども話したYahoo!ニュース記事掲載以降は、お店の目新しさもあってか落語を聞いたことがない人にも来ていただけるようになりました。いまは落ち着いて、本当に落語が好きな方が6割、変わったところに行ってみたいという感覚でいらっしゃる方が4割ですね。

気分転換は「キレートレモン」で充分! いつかは落語家のマネジメント事務所をつくりたい

――ちなみにリフレッシュのためにお金を使うことは?

唯一の贅沢は、お店の横にある自動販売機で「キレートレモン」を買って飲む、くらいですかね。

――マッサージやエステとかじゃないんですね。でも、お話を聞いていると仕事で満たされているからストレスもないのかなと感じます。

そうですね。ただ、華やかな生活を謳歌している女性の話を聞くと、いいなとは思いますよ。でも、本当にその瞬間、突発的に思うだけで、本当にそうした生活をしたいかっていうと違和感あるなって。

――自分らしく自由に生きる中田さんは素敵です。今後、こんな仕事をしてみたいという夢はありますか?

短期的には、お店をいまの30席から50席くらいまで広くしたいなと思っています。落語家さんの楽屋スペース含め、ちょっと手狭になってきたかなと。あと、長期的には落語家のマネジメント事務所を立ち上げたいなと思っています。

皆さん個人事業主なので、スケジュール管理やギャラの交渉まで、基本的に一人で行っています。そこに自分がマネジメント的な立ち位置で介在することで、落語に集中できる環境を整えられたらと。でもまあ、何年先になるか分かりませんけどね(笑)。マイペースに取り組んで行きたいと思います。

(取材・文:末吉陽子 編集:ノオト)

取材協力

中田志保さん

1979年神奈川県生まれ。東京大学卒業後、2002年に日本テレビ就職。ADを経てディレクターとして番組制作を担当。担当番組は「ズームイン!SUPER」、「火曜サスペンス劇場」「マイボスマイヒーロー」「ホタルノヒカリ」「ハケンの品格」「スクール革命!」「笑点」等。2016年に退職後、同年9月に「落語・小料理 やきもち」を開業。

 

落語・小料理 やきもち
http://yakimochi.info/

この記事の筆者

末吉陽子

編集者・ライター。1985年、千葉県生まれ。日本大学芸術学部卒。コラムやインタビュー記事の執筆を中心に活動。ジャンルは、社会問題から恋愛、住宅からガイドブックまで多岐にわたる。
▼公式サイト
http://yokosueyoshi.jimdo.com/

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