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2018/02/16 up

1着30万円~、月に仕立てられるのは最大4着―収入の限界をテーラー三代目はどう乗り越える?

text by 末吉陽子

撮影=小野奈那子

かつてはテーラーと呼ばれる仕立て職人が着る人に合わせて型をとり、縫製をしていた「スーツ」。一度は自分好みのスーツを仕立てたいと考えている人もいるのではないでしょうか?

千葉県船橋市にある「ROSEO FACTORY(ロゼオファクトリー)」では、親子三代にわたって、スーツ作りの確かな技術を脈々と受け継いでいます。三代目の桜井康二さんに、1着ずつ手作りするテーラーの仕事を選んだ理由について聞きました。

20代の頃まで、店を継ぐことは考えていなかった

――桜井さんは、現在お父さまと二人で「ROSEO FACTORY」を経営していらっしゃいます。創業者はお祖父さまだそうですね。

はい、スーツや洋服を仕立てる職人だった祖父が、船橋でオーダーメイドスーツの店を始めました。創業当初は近くに陸軍の習志野駐屯地があったので、戦時中は国からの要請で軍服なども作っていたそうです。その後、長男だった僕の父が店を継ぎ、80年ほど経ちました。

――では、三代目を継ぐことは早くから決まっていたのでしょうか?

自分が店を継ぐとはまったく考えていませんでした。僕自身は音楽が好きで、中学生からずっとバンドを組んでいて、音楽事務所にも出入りしていました。10代の頃から、昼間は音楽活動、深夜はコンビニのアルバイトなどで生活費を稼いでいましたね。

でも、経済的に厳しかったので就職しようと思い、人づてに紹介してもらった廃材などを処理する産業廃棄物処理会社に入社。4トントラックの運転手をしていました。

――そこから服飾の世界に入られたのは、何かきっかけがあったのでしょうか?

3年働いている間に少し貯金ができたのと、昔から古着好きだったこともあり、貯金をはたいて古着とお直しの店を船橋で始めたんです。ヨーロッパの古着を買い付けて販売する仕事と、サイズ調整のお直しの仕事、二足のわらじでスタートしました。

――サイズ調整のお直しは、どこで習得されたのですか?

誰に習うわけでもなく、自然とできるようになっていましたね。小さい頃から父親の仕事をそばで見ていたし、図画工作が得意で手先も器用だったので、たまたまかもしれません。

あと、古着は一点ものですから、デザインや柄がいいなと思ってもオーバーサイズが多いんです。そのため、昔から着るときは必ず全部ほどいて、自分のサイズに直していました。

古着店が軌道に乗り過ぎたことが、オーダーメイドスーツの世界に入るきっかけに

――お店の売り上げは順調でしたか?

当時、リメイクファッションが流行っていたこともあって、お直しの方が評判になり、すぐに軌道に乗りました。インターネットを活用していたので、全国から依頼がありました。とても忙しくなって、父親にも手伝ってもらっていたほど。でも、その忙しさゆえに古着の仕入れに行けない状態が続いてしまったんです。

そのため、自分の目で見てセレクトせずに、電話だけで発注するようになり、扱う商品に納得がいかないことも。中途半端は嫌だったので、古着屋は辞めました。

――それからお父さまとお店を一つにされたそうですね。

仕事内容がそれほど変わらなかったので、父の店をリニューアルして僕が合流しました。オーダーメイドスーツについては、基礎から勉強することになりましたが、自分の手で一から服を作りたいと思い始めていたので、父のそばで伝統の技術を学べるのは願ったり叶ったりでしたね。

スーツのお値段は最低30万円、それでも求める人は確実にいる

――「ROSEO FACTORY」のオーダーメイドスーツは、どのような特徴があるのでしょうか?

ロンドンに「サヴィル・ロウ」という英国王室御用達の高級オーダーメイドスーツの有名店が並ぶ通りがあります。そこにある「キルガー」という店で技術を学んだ方の元で、祖父は修業しました。その技術を父も受け継ぎ、父から僕も受け継いでいるので、いわゆるイギリスのトラディショナルなスーツ作りを得意としています。

ただ、僕は伝統のスタイルを重んじるだけではなく、変わっていく部分があってもいいと思っています。時代やお客さまのニーズにあわせていかなければ、生き残れないですから。

――オーダーメイドスーツを作る手順について教えていただけますか?

まず、生地見本をご覧いただきながら布とデザインを決めた後、1時間ほどかけて採寸します。そのとき、お客さまが緊張されて、身体に力が入ると微妙に寸法が違ってきてしまいます。

そのため自然体でいてもらえるように、リラックスできるような会話を心掛けながら採寸していきます。それをもとにして、服の設計図でもある型紙を制作。生地の上に型紙を乗せて、裁断していきます。

 

――どのような方がオーダーメイドスーツを注文されるのでしょう?

30代から40代が大半ですが、幅広い年代の方に注文いただいております。

お客さまの傾向は大まかに二通りに分かれます。一つは、体型の問題などで、既製品を着るのが難しく、オーダーで作るしか選択肢がないという方です。そうした方は流行を取り入れながらシンプルなスタイルや生地を選ばれます。

もう一方は、オリジナルのスーツにこだわりたいという方で、よりクラシックなデザインや、希少価値の高いビンテージな素材を選ばれますね。たとえば、いまはもう織る機械すらないような50年位前のウールの生地を使いたいという方もいます。古くて希少な生地を好む方は意外に多くて、スペインのエスコリアル修道院で飼っていた羊のウールを希望される方もいました。

――縫製代と生地代を考えると、スーツはどのくらいの値段になりますか?

縫製代と生地代あわせて最低30万円はします。ただ、先ほど申し上げたように、希少な生地はそれだけで値が張るので、その場合は1着50万円ほどからになります。決して安い値段ではありませんが、技術やデザインを気に入ってリピートしてくださる方もいらっしゃいます。

ファストファッションもいいけど、オーダーメイドスーツは長く大事にできる

――リピーターがいるように、オーダーメイドスーツの良さはどんなところにあるのでしょうか?

やはり「作り」だと思いますね。一見しただけではわかりませんが、着て頂くと既製品とはまったく異なる良さを感じられると思います。

たとえば、既製品をトルソー(マネキン)にかけるととても綺麗に見えますが、オーダーメイドスーツをトルソーにかけると、少し違和感があるんです。それは一人ひとりの体型にあわせて作っているから。オーダーメイドスーツは骨格や筋肉、角度などを細かく合わせていくため、着心地が違います。

あと、若い方で細く見せようとちょっとキツメの既製品を着ている方もいますが、それだと、常に生地を引っ張りながら着ていることになります。そうすると、肘が擦れやすくなります。オーダーメイドの場合、お客さまの運動量を見ながら作っていきますから、その人にフィットしながら生地も傷みにくく、長く着られるスーツを仕立てることができます。

――その人の体型に合わせてスーツを製作する際、もっとも手間がかかるのはどのような工程でしょうか?

関節部分など身体の可動部分ですね。そこをミシンで縫うとどうしても硬くなるので手縫いをします。パッと見ただけでは違いはわかりませんが、手縫いによって可動域が柔らかくなって、とても体を動かしやすくなるんです。ただ、生地の厚みなどの加減を見ながら進めていくので、とても手間がかかりますね。

――そうした手間をかけることによって、既製品では得られない着心地が叶うんですね。

そうですね。いまファストファッションも定着していて、いろいろなパターンの洋服を着ることができるのはいいことだと思います。ただ、仕事や面接など「ここぞ」という場面でオーダーメイドスーツを着ることは、自信にもつながるはずです。

張りがあるけど柔らかい、理想のオーダーメイドスーツを完成させたい

――オーダーメイドスーツは月に何着ほど手掛けられているのでしょう?

父が2着、僕が2着、あわせて4着が限界ですね。分業はせず、すべての作業を一人で行います。そうすることでお客さまが求める着心地やスタイルを作ることができるんです。

――となると、収入には限りがありますよね。

ただ、オーダーメイドスーツだけではなく、オーダーのネクタイやシューズなども受けています。そのほかに、洋服のサイズ直しやリメイクの依頼も多いんです。お直しは箇所によって料金が異なりますが、シャツは1,500円くらいから、スーツなどは一箇所2,000円から、コートになると4,000円くらいからです。既製品のウエストを絞りたいとか、肩幅を細めにしたいとか、ジャストフィットのためにリメイクを希望される方は少なくありません。

あと、最近はウェブサイトからの問い合わせで、コスプレ衣装やバイクの座面カバーなどの依頼も増えてきました。これまでもオーダーをいただければ、バッグや小物も作っていましたが、縫製の技術を生かせることであればスーツやお直しに限らず、さまざまなジャンルにチャレンジしたいと思っています。

――そういった仕事の広がりもあるのですね。では、桜井さんにとってテーラーとしてのやりがいとは?

スーツの出来上がりを考えて、型紙を描き、使う生地の素材を選び、イメージを膨らませて、どうすれば思い描いたものができるんだろうって考えているときが楽しいですね。そして何より、自分の作ったスーツをお客さまが喜んでくださるときが一番うれしい。

――これから、どんなスーツを作っていきたいですか?

今後の目標はさらに技術を磨いていきたいです。たとえば、作りを硬くすると、どうしてもより重くて固くなってしまいます。逆に柔らかくて軽いと、しわが多くなるんですね。

カチッとしたイギリス製のスーツ、柔らかさが特徴のイタリア製は、対極にあるとされていますが、僕はその両方を叶えるスーツを作りたいと思っています。

(取材・文:末吉陽子 編集:南澤悠佳/ノオト)

 

取材協力

桜井康二さん

千葉県船橋市にある紳士服の仕立て屋「ROSEO FACTORY」を営む三代目。テーラーメイドスーツやシューズ、リメイクなど幅広いファッションアイテムを手掛けている。

http://roseofactory.jp/

この記事の筆者

末吉陽子

編集者・ライター。1985年、千葉県生まれ。日本大学芸術学部卒。コラムやインタビュー記事の執筆を中心に活動。ジャンルは、社会問題から恋愛、住宅からガイドブックまで多岐にわたる。
▼公式サイト
http://yokosueyoshi.jimdo.com/

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