> マルナゲとは?

2017/07/31 up

月収3万円からスタート! 旅する八百屋「青果ミコト屋」の台所事情とは?

text by 末吉陽子

ミコト屋

撮影=藤原葉子

八百屋というと、店舗があり、そこに買いに行くのが従来のイメージです。しかし、そうした形ではなく全国各地の生産者を巡り、「これぞ!」と納得できる野菜や果物をワゴン車に載せてイベントやフェスに出店し、消費者に直接届けることをメインにしている八百屋があります。それが、旅する八百屋「青果ミコト屋」。農家が大事に育てた野菜を、直接自分たちの手でお客さまに届ける、いわば“架け橋”のような八百屋を営んでいます。

代表の鈴木鉄平さんと山代徹さんは、高校時代からの友人コンビ。そんなお二人にミコト屋を立ち上げた理由と、野菜や果物への想い、そして収入についてたっぷり語っていただきました。

お金を稼ぐことにひたすら夢中になっていた会社員時代

――お二人は高校時代からの長い付き合いだそうですが、社会人生活のスタートは、お互い青果とはまったく関係なかったそうですね。

鈴木さん鈴木さん

僕と山代は、部活からバイト、遊びもずっと一緒でした。大学を卒業してから最初は別々の会社に就職したんですけど、僕のいた宝飾の会社に山代が転職してきて、二人で訪問営業をしていました。朝から晩まで働いて、お互いに収入も成績もよく、支店を任されるまでになりました。でも、そんな毎日に何か物足りなさを感じるようになったんです。

山代さん山代さん

働けば働くほど収入も増えるので、嫌じゃなかったんですよね。ただ、自分が本当に良いと思っている物を売るわけじゃなくて、「仕事だから」と割り切って働いていました。そのうち、「豊かさって何?」「人生って何?」って自問自答するようになって。その答えを求めて、二人でインド、ネパールへの旅に出ました。

――それがキャリアの転機に?

鈴木さん鈴木さん

そうですね。旅の道中、ヒマラヤでトレッキングをした際に、岩だらけの山道で会ったおばあさんが小さなリンゴをくれたんです。そのおいしさが心と体にしみました。そんな経験は初めてでしたね。それ以来、真剣に「食べる」ことについて考え始めたんです。

 

厳しい環境で育ったリンゴは色も薄くて小ぶりでした。でも、その味はとても豊かで力強かったんです。今まで口にしてきたものは一体何だったんだろうって、帰国後にそんな疑問を持つようになりました。

ミコト屋

二人で参加した農家研修で野菜を育てる喜びを知る

――帰国後は、お二人で農家研修に参加されたそうですね。

山代さん山代さん

はい。農業に関する本を片っ端から読み漁って、いろいろな畑を見学させてもらいました。その経験から、自然栽培こそ自分たちが求めているものだと確信を得たんです。それから千葉県成田市で自然栽培をメインにされていた農家さんに頼んで、農業研修に参加させていただけることになりました。

 

師匠の手ほどきを受けながら研修生用の畑に人参、大根などの種蒔きから収穫まで任せてもらったんです。野菜が育つ喜びや自然の不思議さなどたくさんのことを学びましたね。研修を通して、「自分たちも農家になって、師匠が育てるような野菜を育てたいな」と思うようになりました。

鈴木さん鈴木さん

当時は「自然栽培じゃなきゃダメ」という強いこだわりを持っていました。でも、全国の産地をかけ巡るなかで、農家と土地の数だけ栽培方法があることがわかったんです。土地によって土の質も違うし、山を一つ超えただけで全然環境が違います。畑のことは農家さんが一番よく分かってるんですよね。だから、栽培方法よりも大事なのは、農家さんの想いなんじゃないかなって。

ミコト屋の販売の様子

写真提供=ミコト屋

丹精込めて育てた野菜が破棄されることに疑問を抱く

――では、「農家さん」から「八百屋さん」に目標が変わったのはなぜですか?

鈴木さん鈴木さん

収穫した野菜は、選別してから箱詰めして市場に出荷するのですが、見栄えなどで値踏みされてしまい、ちょっと傷があるだけで廃棄処分されるんです。農薬も肥料も使わず大事に育てた野菜を捨てられるなんて、これでは本当に農家さんが報われないと思いました。この現状を少しでも解決するには自分達が「八百屋」になって、消費者と生産者の架け橋になり、見た目が不細工な野菜でも、きちんと売ってやろうと決意したんです。

――営業魂にスイッチが入ったのですね。現在は、どのような働き方をされていますか?

鈴木さん鈴木さん

車に野菜を乗せて都内を中心に移動式販売をしたり、イベントに呼ばれて出店したりします。あとは、個人宅や飲食店への宅配や、野菜や果物をセットにした商品「お野菜セット」の箱詰めなど、自分たちとスタッフ2名、計4名で分担しています。

 

あとは、取引先の農家さんの開拓です。僕と山代の2人で行って、そのあとの交渉は山代が1人で担当しています。現在、北海道から九州まで100軒以上の農家さんと取引していますが、時期や野菜の種類によって、その都度契約させていただいています。

ミコト屋

おいしい野菜に作り手の心あり、農家さんと語らい人柄を知る

――取引先の農家さんはどのように開拓されていますか?

山代さん山代さん

すでにお取引がある農家さんから紹介されることが多いですね。また、メディアに出るようになってから、農家さんから「ぜひ畑を見に来てください」ってお声掛けいただけることもあります。どんな方が作っているのか、その背景を知ることは大事だと思っているので、電話だけではなく、必ず直接会いに行きます。どんな畑で、どんな人が作っているのかを知ったうえでお客さまに野菜を提供したいんです。

――現地に足を運んだとき、農家さんとはどんな会話をされるのですか?

鈴木さん鈴木さん

普通の話しかしてないですよ。大事なのは、農家さんが丹精込めて作った野菜を僕たちに任せてもらえるかどうか、お互いの信頼関係を築けるかどうか。だから、一緒に食事をして、酒を飲みながら、農家さんがこれまでどんな人生を生きてきたのかなどを聞きます。そうすることで人柄や想いを理解することができて、「なるほど、だからこんなに野菜や果物を慈しめる人なんだ」と納得できるんですよね。

山代さん山代さん

野菜や果物は生き物なので、作り手の人柄が映し出されます。「愛情を持って育てられた野菜は絶対おいしい」って信じているんです。だから、栽培方法がめちゃめちゃサイエンスで、超こだわっていますって言われても、畑や作物に対してあまり愛情を持ってないなと思ったら、それって果たしてどうなのかなって思ってしまいますね。

――そのような農家さん、そして「ミコト屋」のこだわりを、買い手にどのように伝えていらっしゃるのでしょうか?

山代さん山代さん

「これが、この野菜の栽培方法です」とか、「北海道のこういう地域で、こんなおっちゃんが作っています」など、その野菜が育った背景を紹介するようにしています。また、車で販売するときは、野菜をどのように見せるかを大事にしています。販売するときの並べ方にも気を配っていて、野菜の色もバランス良く配置するようにしています。また、動画も活用して、産地の様子をムービーにして流します。八百屋だけども、八百屋らしくないスタイルで、自分たちが推す野菜の魅力を発信しています。

ミコト屋

二人の月収はそれぞれ「高校生のバイトが頑張って稼げるくらい」

――「ミコト屋」を立ち上げるにあたって、収入の不安はありませんでしたか

山代さん山代さん

あまりなかったですね。僕の場合、独身ということもあって、「お金を稼ごうと思えばいつでも稼げる」くらいのナメたところがあったのかもしれません(笑)。

鈴木さん鈴木さん

僕は結婚して子どももいたので経済的には厳しかったですね。最初は月収3万円くらいしかなかったので、カッコ悪いけど実家に戻って生活していました。

――創業初期とくらべて、収入はどれくらいあがりましたか?

鈴木さん鈴木さん

売り上げはまだまだ厳しい状況です。二人のスタッフは時給で、僕と山代は等分しています。一人当たりの額でいうと、高校生が一生懸命アルバイトを頑張って稼げるくらいです。この仕事が好きだからやっていけるけど、商売としては決しておすすめしません(笑)

――それでも今まで続けてこられたのは、なぜでしょうか?

鈴木さん鈴木さん

正直、あまり深く考えていなかったんですよね。冷静に先を見て、売り上げに関しても細かいシミュレーションをしていたら、やめていたかもしれないです。それでも、やめなかったのはきっとこの仕事が好きだからだし、変わらず野菜や果物に惹かれ続けているからでしょうね。

――自然栽培の野菜となると、手間暇かけて育てられている分だけ原価も高そうなイメージです。

鈴木さん鈴木さん

僕たちは適正価格だと思っていますが、原価に利益を乗せると、一般的なスーパーの野菜に比べるとやはり高くはなりますね。ただ、「ミコト屋」としては、お客さまからの手の届きやすさを重視しているので、「高すぎない価格設定」を目指しています。そのために、固定費などの出費を極力抑える努力をしています。今は安い倉庫を借りていますが、昨年までは自宅で作業していました。

レシピ

――人件費や倉庫の賃料、車の維持費など以外で、どんな経費が発生しますか?

鈴木さん鈴木さん

野菜セットと一緒にレシピを作って入れているので、その印刷代ですね。その週に入る野菜を使った簡単な誰でもできるレベルのレシピです。この印刷代はかなりかかっています。毎回300部ほど印刷して、1回当たり1万3,000円くらいになります。

山代さん山代さん

レシピの作成や写真の撮影は、野菜との物々交換で仲間に協力してもらっています。編集やデザインは自分たちで担当して、印刷は外注しています。そこまでこだわるのは捨てられないような、いいものに仕上げたいという想いがあるから。飲食店にも置かせてもらっていますが、それを見たお客さまが「ミコト屋」の野菜に興味持ってもらえたらうれしいなと思っています。

ミコト屋

――最後に、これからの「ミコト屋」の展望についてお聞かせください。

鈴木さん鈴木さん

もともと青果に興味のある方々は、良いものを選ぶ目を持っていらっしゃるので、ぜひ「ミコト屋」のファンになってもらえるように頑張ります。また、昔の僕たちのように、野菜に全く興味がない方にも、もっと野菜のおいしさを知ってもらいたいし、好きになってもらいたいと思っています。

 

ただ、野菜の良さを伝えるだけでは裾野は広がらない。野菜には興味がないけど、ファッションには興味があるとか、音楽はすごく好きですという人たちに、カルチャーの一つとして、野菜に触れ合ってもらいたいと考えています。そこで、最近は映像と音を使って、産地に行ったときの様子をインスタグラムで流したりしているんです。こういうところから、「何かいい感じだな」って響いてくれたらと願っています。

(末吉陽子+ノオト)

取材協力

ミコト屋

ミコト屋

鈴木鉄平さん(左)
青果ミコト屋 代表1979年生まれ。3歳までをロシアで過ごし、帰国後横浜で育つ。根っからの旅好きで、高校卒業後アメリカ西南部を一年かけて放浪した経験を持つ。2008年 千葉の自然栽培農家である高橋博氏、寺井三郎氏に師事し畑仕事を学び、2009年 Brown’sFieldの田んぼと畑スタッフとして一年間自給的な暮らしを経験。2010年 高校の同級生、山代徹と共に旅する八百屋「青果ミコト屋」を立ち上げる。


山代徹さん(右)
青果ミコト屋 マネージャー / バイヤー。1979年宮城生まれ横浜育ち。子供の頃から野球少年に高校サッカーとスポーツ三昧。大学では文学部に所属し、卒業後、住宅会社の営業職に就く。営業の才覚を見出され、多数の営業職を経験。2007年バックパッカーでアジア各国を巡り、2008年 千葉県の自然栽培農家のもとで畑仕事を学ぶ。一年間の農業研修を終えた後、マーケティングを学び、2010年、鈴木鉄平と共に青果ミコト屋を立ち上げる。

▼ミコト屋
http://micotoya.com/

この記事の筆者

末吉陽子

編集者・ライター。1985年、千葉県生まれ。日本大学芸術学部卒。コラムやインタビュー記事の執筆を中心に活動。ジャンルは、社会問題から恋愛、住宅からガイドブックまで多岐にわたる。
▼公式サイト
http://yokosueyoshi.jimdo.com/

ほかの記事を検索する

関連ワード