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2017/04/14 up

ミスマガジン受賞、現役Gカップグラドル手束真知子さんはいくら稼いでいるの?

text by 末吉陽子

水着姿の手束さん

写真=本人提供

2004年に講談社のミスマガジンの準グランプリを獲得。その後は、SKE48やSDN48のメンバーとしても人気を博した手束真知子さん。現在は“現役グラドル経営者”として活躍しています。そもそも、グラドルってどれぐらい稼げるものなの? 手束さんを直撃しました。

グラビアアイドルとして天下をとりたい! 「無敵」だった20代

――最初に、芸能界を目指されたきっかけについて教えてください。

14歳のときに、アイドルか歌手になりたいと思って、当時住んでいた兵庫から大阪にあるダンススクールに通い始めました。でも、このまま大阪で頑張っていてもチャンスはないと思い16歳で東京に出てきたんです。高校も公立の学校から通信制に切り替え、所属できる事務所を必死に探しました。

芸能界で活動するなら事務所に入らないといけないと考え、『月刊Audution(オーディション)』を買って、月に200通くらいは履歴書を送っていたと思います。当時はまだメジャーではなかった撮影会もして、活動費に充てていましたね。

――16歳にして相当な努力をされていたんですね。でも、デビューはアイドルでも歌手でもなくグラビアだったわけですが、それはどうしてでしょう?

一緒に事務所探しをしていた高校の友人に紹介してもらったのが、グラビアを専門にしている「フィットワン」だったんです。最初、グラビアはやる気なかったんですけど、なかなか事務所が決まらないので、思い切って飛び込みました。

当時は怖いものなしの「無敵」状態だったので、所属してからすぐ自分からミスマガジンを受けたいとお願いしました。締切日ギリギリで宣材写真も満足にない状態の中、手書きで応募書類を提出。それで、ミスマガジンの準グランプリを取りました。ミスマガジンは数千通の応募があるので、本当に運が良かったんだと思います。それをきっかけに、「まずはグラビアで天下を取ってから次に行こう」と覚悟を決めました。

手束さん

撮影=大根大和

もっと広い世界を知りたい! お天気お姉さんからSKE48、そしてフリーへ

――雑誌を飾ったり、DVDを発売したりとグラビアで順風満帆なキャリアを積んでいらっしゃいましたが、ほどなく事務所を辞められたとか。それはなぜだったのでしょうか?

事務所には3年ほど在籍していましたが、20歳になって辞めることにしました。それまで、グラビアの仕事しかしてこなかったので、もっといろいろなことを知りたい、いろいろな人と出会いたいと思って、1年半くらい「一般人」としてアルバイト生活をしていたんです。

でも、その生活も合わないな……と思って、22歳のときに気象情報会社「ウェザーニューズ」のオーディションを受け、いわゆる「お天気お姉さん」として採用されました。雇用形態は契約社員でお給料はOL並みにもらえ、いい環境ではあったんですけれど、これもまた何か物足りなかったんです。

あと、芸能界でもう一花咲かせるなら年齢的にもギリギリ。それで原点に立ち戻ってもう一度アイドルを目指そうと、名古屋にあるSKE48のオーディションを受けました。

――SKE48時代の給料事情はどうでしたか?

寮生活だったので、家賃と光熱費は掛かりませんでしたが、お給料は数万円しかもらえませんでした。だから服も買えないし、楽しみといえば近所のコンビニで100円の食べ物と飲み物を買ってほかのメンバーと愚痴ることくらい(笑)。

しかも、センターどころか端も端で、このままじゃダメだなと……。それからすぐ秋葉原でセクシー路線の「SDN48」が立ち上がるということで移籍しましたが、今度は寮ではなく一人暮らしだったので、生活はもっと厳しかったですね。禁止でしたがこっそりバイトもして生活していました。

――その後、フリーのアイドルに転向されたわけですが、きっかけは何だったのでしょうか?

2012年3月のSDN48実質解散です。やっぱり目立てなかったし、立ち位置が何センチ内側かどうかとか、歌うフレーズが何文字多いとかで、一喜一憂する世界でしたから、ちょっとしんどいなと感じていて、自分から卒業しようと思っていたところだったんです。

SDN48の解散を機に「これからは事務所に所属するんじゃなくて、自分の力で営業頑張ろう」と決意して、フリーになりました。

手束さん

脱いだけどこんなもんか……売れないと悟った29歳

――フリーになってからは、どのような仕事を?

最初は競馬の仕事から広げていきました。実は、グラビア時代から競馬をたしなんでいて、当時ブログにそのことを書いたら、反響がすごかったんです。そのときの経験から、競馬の仕事で何かチャンスはないかと思って、知り合いのツテを頼ってデイリースポーツさんに企画書を持って行ったんです。

――その企画とは、どんな内容だったんですか?

競馬ってG1予想があるじゃないですか。私は、Gカップが売りなので、「ドキドキG1予想! 競馬の予想で負けたら脱いでいきます」っていう企画にしました。すぐに採用してくれて、これが縁で今もデイリースポーツさんで競馬の連載を持たせていただいています。

そのあとくらいに、ミスマガジンの先輩から講談社の方を紹介していただいて、ヌード写真集を出したのが次の仕事でしたね。

――ヌード写真集の反響はどうでしたか?

写真集で一時的にブログのアクセス数は増えましたけど、正直「脱いだけどこんなもんか」って(笑)。それもあって、29歳になった頃にふと、「私、売れないな」って思ったんですよね。売れてるんだったらもう売れてるよな……って。

そう思った瞬間に、真の意味で“無敵”になれた気がします。自分自身に対してのイメージを取り払って「なんでもやっていいんだ」って思えたんですよね。

それで、フリーのまま自分でイベントを企画してみたり、その流れでお店をやってみようと思ったりして、「発掘!グラドル文化祭」を始めました。

写真集を手に持つ手束さん

お店を始めて1年は給料ゼロ! 現役グラドル経営者としての覚悟

――「発掘!グラドル文化祭」は、所属するグラドルのスタッフにお客さんがポイントをつけて、一定のポイント数をクリアすると、雑誌やDVD販売など仕事のチャンスがもらえるというユニークな仕組みですよね。お店の構想は以前からお持ちだったのですか?

もともと私はずっと“アンチ撮影会”ですが、撮影会ってグラドルにとってはいい収入源なんです。ほとんどの場合は撮影会の運営会社に頼んで撮影会をするんですけど、料金が基本1時間1万円くらいで、それに対して6割以上が収入になります。もし1日に8時間こなせば4万8,000円になります。

こうやって稼いでしまうとそれだけで満足してしまいます。でも、撮影してそれで終わりってことがほとんどで、次につながらない。その日暮らしみたいな感覚があって、ずっと疑問だったんです。

グラドルの子たちにはもっといろんなことにチャレンジしてほしいし、頭を使ってほしいし、賢くなってほしいという思いがずっとあって、この店のシステムを考えました。

――グラドルの“力試しの場”として、お店を活用してほしいと。

そうです。ここでの仕事は「部活動」みたいなものだと考えています。お客さまからポイントをもらって、貯まったポイントで「練習試合」の仕事をする、そこで日頃の練習の成果を出す、という感覚です。いきなりレベルの高い仕事ではなくて、ある程度のレベルでの仕事・経験をたくさん積んでいってほしいなと思っています。

発掘!グラドル文化祭

――仕事の内容はたくさんありますね。これは手束さんが取ってきているのですか?

はい。たとえばラジオのパーソナリティーだったり、モデルだったり、お店のコンセプトに共感してくださる会社から、お仕事をいただいています。タダでもいいのでください、って言ってお願いしています。

それぞれの仕事を獲得するために必要なポイントをあらかじめ設定し、クリアした子はその仕事を自由に選べるようにしています。

それでも、「私、こんな仕事しかできないの?」って勘違いしちゃってる子もいます。そういう子には「君はまだまだ『部活レベル』なんだぞ」って教えこんでますけどね(笑)。

――手束さんは、お店の経営者であり、プロデューサーのような立ち位置でもあるんですね。在籍しているグラドルの子はどうやって見つけているんですか?

いま現在だと25名ほど在籍していますが、募集はしていなくて、私がTwitterでスカウトして集めています。ポイントはTwitterが“自撮り写真”だらけの子。高級なお肉とかの写真をアップしている子はアウトですね。そんなにお金があるわけないんで、パトロンがいるか、グラドル以外でバイトをしていることがほとんど。

ずば抜けてかわいくなくてもスタイルが良くなくても、本当に頑張れる子ばかりを集めている自信はあります。

――手束さんはどういう形で経営に携わっているんですか?

このお店については会社にしていて、税理士さんが入って、私が代表取締役を務めています。でも、個人の仕事は個人事業主として働いています。それは、節税のためですね。個人の方では確定申告を行って、法人の方は決算という形を取っています。

――お店の経営による収入面はどのように変わりましたか?

このお店での売り上げは入場料や飲食代が中心で、在籍する子のために取ってくる仕事についてマージンは入りません。

ちなみに、この店の経営をはじめてから1年間は給料ゼロでした。会社としての売り上げはもちろんありましたが、給料をもらえるほど稼げなかったので、フリーランスの収入で生活していました。競馬関係のものが多いんですが、イベントは1万円くらいから地方だと10万円以上のものまでまちまち。

最近は競輪関係のお仕事も増えました。あとはコラムを書いたり、雑誌やサイトのインタビューを受けたりなど、仕事の幅はものすごく増えたと感じています。

――フリーの場合、グラビアの金額は事務所所属の場合と大きく変わりましたか?

私の場合、フリーランスだから安くできるんです。たとえば2万円の仕事だったとして、事務所所属ならグラドルに半分の1万円が入るとすると、私の場合は1万円でいいって言うんです。「支払いが安く済むうえにめっちゃ盛り上げますよ!」ってアピールします。それで、また次の仕事につながるといいなと思って。

今後の展望を話す手束さん

フリーランスは、信頼関係と金額以上のパフォーマンスがカギ

――相手先との信頼関係を作ることが重要?

自分で次につながる信頼関係を作れることは重要です。私は最初からお金の交渉をしませんし、どうしてもやりたかった仕事から声がかかったら「給料いらないです!」って言うこともあります。とにかく、いただく金額より良いパフォーマンスをするっていうのが私流ですね。

――さまざまな仕事を経験してこられた手束さんですが、現在、仕事の満足度はどうですか?

毎日楽しく仕事をしています。お店ではプロデューサー的な役割ですけど、やっぱり一番の広告塔は私だと思っているので、最近はまた袋とじでグラビアの活動をしています。

“現役グラドル経営者”って勝手に名付けていますが、グラビアアイドルって通過点って思われがちで、次のステップに悩みがち。でも、私はずっとやればいいじゃんって思っていて、うまくいけば子どもを産んでからもグラドルっていうのも、なれなくないはずです。

――では、最後に今後の展望について教えてください。

経営者として、お店の売り上げが不安なときも、もちろんあります。日によってお客さんが少なくてお店が寂しいこともあるので。毎日満席状態にするべく面白い企画をどんどん考えていきたいです。これが当面の目標です。

フリーランスのグラビアアイドルとしては、必要としていただける限りは何でも挑戦したいですね。そして、お店に在籍するグラドルといろいろコラボしてみたいなと思ってます。

(末吉陽子+ノオト)

取材協力

手束さんプロフィール写真

手束真知子さん

元SKE48&元SDN48のメンバー。原田桜怜名義時代にはミスヤングマガジン(2004年)にも輝いた。現在は自身がオーナー兼プロデューサーを務めるカフェ&イベント・スペース「発掘!グラドル文化祭」を経営。日々現役グラドル経営者として毎日奮闘中!

▼発掘!グラドル文化祭
http://www.guradorubunkasai.net

この記事の筆者

末吉陽子

編集者・ライター。1985年、千葉県生まれ。日本大学芸術学部卒。コラムやインタビュー記事の執筆を中心に活動。ジャンルは、社会問題から恋愛、住宅からガイドブックまで多岐にわたる。
▼公式サイト
http://yokosueyoshi.jimdo.com/

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