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2017/02/17 up

博報堂を辞めてプロレスラーへ、三富政行さん「プロレスの初収入は5万円」

text by 末吉陽子

三富さんの試合時の様子


打撃や投げ技、関節技など、華麗な技で観客を魅了するスポーツ「プロレス」。体を張ってリング上を盛り上げるプロレスラーたちは、一歩間違えれば大怪我にもつながる真剣な戦いを繰り広げています。

新日本プロレスや全日本プロレスなどの大きな団体から、地域に根差したローカルプロレスまで、国内だけでもプロレス団体は100以上。所属するプロレスラーは、過酷な試合に向けて日々鍛錬に励んでいますが、実際のところどれくらい稼げるものなのでしょうか? 

そこで、大手広告代理店・博報堂に就職したものの1年で退職し、幼い頃から夢見たプロレスラーへの転身を果たした、三富政行さんに話を聞きました。

中高一貫の進学校、文集につづった夢は“プロレスラー”

――三富さんは、慶應義塾大学卒、大手広告代理店・博報堂入社と、華々しい経歴の持ち主でいらっしゃいますが、そもそもプロレスラーを志されたきっかけは何だったのでしょうか?

小学校1年から高校3年までずっと空手を習っていたこともあって、もともと武道や格闘技が好きでした。なかでも、相手の技を全て受けるプロレスは、ほかとは印象が違いました。たとえば、空手は相手の技を受けたら自分の技を決めて勝つ試合をしますが、プロレスは勝ち負けを超えたところに本当の勝敗があるスポーツ。相手の技を全部受けて、それでもお客さんの声援で立ち向かっていく。その姿に感銘を受けました。

僕は中高一貫の進学校に通っていたのですが、6年間、テレビでプロレスばっかり見ていました。クラスメイトは将来に向けて“まともな夢”を持っていたのですが、僕は中学も高校も文集にはプロレスラーになると書いていましたね。

――大学に入られてからは学生プロレスで活躍されたそうですが、進路は大手企業を選ばれました。それはまたなぜ?

何で博報堂に入ったかといえば、親を安心させたかったからです。大学を出ていきなりプロレスラーになる選択肢もあったのですが、新卒って人生に1回。会社員を経験しておくと親も安心させられるし、人生勉強にもなるかなと。でも、結局会社員は向いてなかったですね……。

三富さん    

広告を作りたいんじゃない……自分が広告に出たいんだ!

――具体的に会社員のどのようなところが合わなかったのでしょうか?

会社を辞めたときに上司に伝えた言葉で今でも覚えているのは、「広告を作る側じゃなくて、出る側になりたい」。根本的に自分が有名になりたいんです。とにかく名前を売りたい。プロレスラーって、俳優さんと似ているところがあって、自分の世界観を作って、自分のライフスタイルがあって、そこで初めて特殊なオーラを醸し出せると思うんですよね。でも、それって突き詰めると集団行動とは逆方向なんですよ。

やはり求めているのは、“自分”という作品を生涯かけて作り上げていくこと。目指すべき道を突き進むとすると、会社員でやるべきこととは逆だなって。現場で取引先と仕事をするようになって、わりとすぐにそのことに気づき、1年で退社を決断しました。

――プロレスラーに転向されて、すぐに稼げるものなのでしょうか?

会社を辞めてからプロレスラーとして初めての収入は、たったの5万円でした。会社員時代は、残業代含めですが1年目で月収55万円を稼いでいた月もあるので、その差たるや……すごいですよね(笑)。

知名度と人気があり、集客数も多いメジャー団体では十分にお金を稼げますが、インディーズのプロレスだけでは食えないのはわかっていたので、稼げるうちにと会社員時代にパーソナルトレーナーの資格を取っておきました。プロレスで食えない分は、パーソナルトレーナーとして稼ぐ。もともと体作りに興味があったので、学生時代もずっと独学で勉強していました。そのため、試験もなんとか一発で合格。最後にもらった会社員の給料のうち、18万円でプロレスラーではなく、パーソナルトレーナーとしてのウェブサイトを作りました。個人事業主としては、プロレスラーとパーソナルトレーナー、二足のわらじでのスタートでした。

トレーニングをする三富さん

ワンマッチ契約の報酬は5,000円から3万円が相場

――ちなみに、1試合あたりの報酬はおいくらほど……?

インディーズのプロレス団体では、デビューした人で、最初の1年はワンマッチ5,000円程度です。年俸制で雇用されているメジャー団体のプロレスラーは別ですが、ワンマッチごとに収入を得ている人だと、キャリアを積んでいってもようやく3万円といったところです。

人気ももちろんですが、年功序列で決められている部分もあります。ただ、試合だけの報酬でみると安いですが、試合会場でグッズを販売するとわりといい収入になります。ちなみに、僕はTシャツや缶バッチ、タオルをオリジナルで作って売っています。

――それはやはり試合だけして生きていくのは難しそうですね……。

そうですね。なので、プロレス興行をプロデュースしたり、フィットネスジムのプロデュースやコンサルティングをしたりと、最近は業務の幅を広げて活動しています。企業のイベントや企画にアドバイザーとして関わる案件などもご依頼いただけるようになりました。

また、選手としてスポンサーの獲得にも努めています。今、お金を受け取っていませんがサプリメントを提供してもらっていて、これがあなどれないんです。サプリメントってプロレスラーにとって欠かせなくて、体作りをしていると月3万円くらいかかるんですよ。それが全部浮いているので、めちゃくちゃ助かっています。

あとは、日焼けもしないといけないのですが、たまたま日焼けサロンの社長がパーソナルトレーニングのクライアントでして、ご厚意でサロンを利用させていただいています。応援していただいている分、有名になってしっかりと宣伝して、恩返ししたいですね。

試合中の三富さん

眼底骨折で目が見えなくなっても試合に出続けた

――プロレスラーは体が資本ですが、怪我と無縁ではいられませんよね。三富さんも最近大怪我をされたとか。

2016年6月の試合で眼底骨折してしまったんです。すぐ病院に行って折れていることがわかったんですけど、試合には出続けていました。もちろん欠場もできるんですけど、生活が左右されるので……。病院にも行かず2カ月間試合に出ていたんですが、眼球がずれて目が見えなくなっちゃって。もう限界だと思って8月の終わりに手術をして、9月いっぱいは欠場しました。この月はプロレスの仕事はもちろん、パーソナルトレーナーの仕事も本数を減らしてクライアントに迷惑をかけてしまいました。復帰するまでを考えると、もう不安だらけでした。

――仕事柄、避けては通れないリスクですよね……。

だから保険だけは、何があってもちゃんと払い続けようって決めてます。僕は、都民共済と生命保険に入っているのですが、プロレスラーって仕事柄、手術や怪我だと保険金がおりないみたいで、対象になるのは入院だけ……。だから、まずはお金がどれだけもらえるかを先に考えましたね。結果的に、手術費が20万円くらいだったのに対して、入院保険が23万円おりて微妙にプラスに(笑)。改めて保険って大事だなって思いました。

三富さん

世のビジネスパーソンに自分の生き様を知って欲しい

――今後、いくらくらい稼ぎたいといった、具体的な目標はありますか?

プロレスラーになって、月当たり一番稼いだのが70万円。これは興行のプロデュースや企業からまとまった案件をいただいた影響もあります。試合とグッズ販売、パーソナルトレーニングの仕事だけだとまだまだ……。月によってかなり波がありますね(笑)。でも、もっと上を狙いたいです。具体的な目標は、博報堂の同期と同じくらいの年収。皆、30歳までに年収1,000万円くらいに到達するので、それは目指したいですね。まだまだ夢物語ですが…。

――では、最後にこれからの活動の展望についてお聞かせください。

プロレスラーとして名を挙げていくことはもちろん、大きい舞台でも試合をしたいっていうのがあります。これまで「全日本プロレス」や「WRESTLE-1」といった規模の大きな団体に定期的に参戦して貴重な経験をしてきました。さらにメジャー団体に参戦して、僕が昔テレビで観て、憧れていたレスラーたちと戦いたいです。あとは、やっぱりプロレスラーである以上、チャンピオンになってベルトを巻きたい。

あと、最近はドラマ出演の機会にも恵まれ、演技の勉強などもさせていただいているので、今年は芸能の仕事にもどんどんチャレンジしていきたいです。

それから、もっと自分の生き様をプロレスに興味がない人にも伝えたいですね。僕の生き方に共感してくれるビジネスパーソンも多いので、こういう生き方もできるんだって思ってもらえたら本望です。実は今度、コラムを書かせていただくことになったので、プロレスラーとしてのキャラクターを活かした仕事で、さらに収入を増やしていきたいですね。

(末吉陽子+ノオト)

取材協力

三富さん

三富政行さん

1989年8月2日生まれ、慶應義塾大学文学部在学中、UWF関東学生プロレス連盟にて「潮吹豪」のリングネームで活躍。2013年4月に、大手広告代理店「博報堂」に就職、営業職を経て翌年1月に博報堂を退社し、プロレスに専念。現在はパーソナルトレーナーとして活動しながら、フリーランスのプロレスラーとして全国各地で巡業している。
▼パーソナルトレーナー三富政行
http://mitomi-masayuki.com/
▼三富政行オフィシャルブログ
http://ameblo.jp/masakichi3103/

この記事の筆者

末吉陽子

編集者・ライター。1985年、千葉県生まれ。日本大学芸術学部卒。コラムやインタビュー記事の執筆を中心に活動。ジャンルは、社会問題から恋愛、住宅からガイドブックまで多岐にわたる。
▼公式サイト
http://yokosueyoshi.jimdo.com/

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