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2016/11/25 up

土日のみ営業するジャークチキン屋、“小商い”の実態に迫る

text by 神田桂一

アマラブ

武蔵小山の商店街の一本裏道にあるジャークチキンのお店「アマラブ」は友達4人で集まって始めた土日だけ営業のお店。みんな、平日は本業をしながらの営業です。シェアハウスの1階を改造して作ったお店は、半分がパブリックスペースとして開放されていて、誰でも入ってこられるような雰囲気になっています。

こうした小規模な商売を “小商い”と表現することがありますが、どうして、このようなお店のカタチになったのか。マネージャーの菅野信介さんにその理由をうかがって来ました。

「何かしたい」……、でもじゃあ何をする?

――まず、このお店、アマラブを開店しようと思ったきっかけから教えてもらえますか。

大学を卒業して1、2年ぐらい、就職するわけでもなく結構ふらふらしていて。僕は建築学科を卒業して、ぼんやり自分で設計事務所を作りたいと思っていつつも、ダラダラバイト生活を続けていたんです。

そんなときにこの物件を見つけて。2階以降がシェアハウスで1階が何もないスペース。僕のような友達と一緒にそこを借りて一緒に住むことにしたんです。一番多いときには4人で住んでいました。それが2009年の暮れぐらいで、29歳になりたての頃です。みんなバイト生活で社会人にもならず。

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――モラトリアムの延長みたいな?

まさにそんな感じです。でも、なにかしたいよねとは、ダラダラ飲みつつ話していたんです。そんなときに、クリスマスが近づいてきて、お祭り好きの友達が、クリスマスに楽しいことしようと、1階の通りに面した窓を開けてクリスマスチキンを売ったら面白いんじゃないかって提案してきたんです。普通のチキンじゃなくて、ジャークチキンというジャマイカのチキンを売ってみたのが原点です。単純にジャークチキンがおいしいというのも理由の一つです。

――じゃあノリの部分が大きかったんですね。

それが結構楽しくて。そこで、年明けからちゃんとやってみようという話になったんです。平日はみんな仕事なりバイトなりがあるので、土日に4人でお店として回していこうと考え、2010年の4月にオープンしました。現在は2人に減りましたが、別にケンカしたとかじゃなくて、結婚したり、引っ越したりで、今でもたまに手伝ってくれてます。

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ジャークチキンを通じて、家の一部をパブリックスペースにしていこう

――ジャークチキンにした理由はあるんですか?

その4人の中の1人が、ジャマイカ料理屋でバイトをしていたので元々ジャークチキンを知っていたんです。

ジャークチキンは本来、外で焼くものだから自然と人が集まる。僕らはこの1階のスペースを今の言葉でいうと、住み開き、半分パブリックなスペースにしたかったんです。一種のコミュニティ作りですね。イメージとしては公園です。それがどんどん上手くいけば、ジャマイカの路上みたいに、台湾の夜市もそうだと思うんですけど、開放的な場所になって楽しいんじゃないかなって思ったんです。ああいう感じは日本にはないので。屋台感、それに尽きますね。

――確かに、日本ではあまり見かけないし、あっても根付きにくいですよね。

神社の縁日がちょっとそれに近いのかな。近所の人が交流できる場所にもなったりするだろうし。外で食べると、同じものでも2割くらいおいしく感じると思うんですよね、この家は借り手がしばらくつかないような状態で、ボロボロだったのを安く借りたというのはあるんですけど、このエリアは放置されている空家みたいなものも結構あるんです。一応建築とか街づくり的な視点からも、こういう普通の家を活用して、半分パブリックな場所に変えることは、意味があると思ってやっていました。

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少ない資金で始め、売り上げは本業とのバランスで考える

――開業資金はどうされたんですか?

とにかくお金がなかったので、当時、僕の大学の友人が社会人になって引越しをしたいから手伝ってよって言われたんです。引越し業者を呼ぼうとしてたので、引越し業者より安くするから、アマラブでやらせてくれと頼んだ。それで利益が7万円出たんです。

その7万円で、ベニヤ板を買って壁などを作りました。木材屋に行くとベニヤ板って一枚400円くらいなんですよ。ベニヤ板に塗るペンキが一斗缶で4,000円くらい。それを計算すると材料費が余裕で2万円くらいなんです。さらに、約2万円を使って家具を作ってました。また、食品衛生管理の1万円と、開業の保健所の許可に必要な2万円も払ったんですけど、それも全部含めても7万円で収まったんですよ。

――開店当初の滑り出しはどうでしたか?

売り上げは1日1万円ちょいだった。2日で3万円とか。最初の頃はみんなで均等に割っていたんで、1人の利益は5,000円とか1万円ですね。イベントがあったりしてケータリングに呼ばれたりとかするようになってくると、その月は1人2万円入ったりする。

当時、設計事務所に業務委託で働いていて週4で設計事務所に行っていたんですけど、月2万円もらえたら2日行かなくていい。だから週4で行っていたとしたら、2週間は週3にできるんですよ。それを積み重ねていけば、すべての週を週3にできる。もっと売れれば、週2、というふうに少しずつだけどバイトも減らせるんじゃないかという希望が出てきたんです。とても小さな希望ですけどね。

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ゆるやかなつながりはそのままに、どう発展していくか

――アマラブスペースのこだわりはなんですか?

道路に感じ悪くなくはみ出す。ささやかにはみ出してウェルカムな空気を作る。とにかく、近所の人がまず気軽に来てくれる雰囲気を作ろうと思いました。そうすると、なんとなく気になったお客さんが入ってきてくれる。雰囲気の違う、クラスタの違う人たちも来てくれる。そういう人たちのほうが案外気に入って帰ってくれるから不思議です。身内感は出したくないから、余計にうれしいです。たとえば、壁一面にある本。これはアマラブ図書館として自由に借りられるんです。

――本は、誰がセレクトしていますか?

もう一人のスタッフが図書館担当で、この本棚のディレクションをしてくれているんです。割とマメにこの季節はこういう棚にしたいとか、棚を変えてくれる。それがホントに、自分でいうのもなんですけど、センスがいいんです。だからそれ目当てで来てくれる人もいたりするんですよ。

本はもちろん持って帰ってもいいです。本の貸し出し0円ってメニューにも入れてるので(笑)。ゆくゆくは古本屋にする計画もあったりして。その図書館担当が古物商の資格をそろそろ取る予定なんです。無事取れたら、本格的に古本屋にしようかと思っています。レコードも音楽が大好きなんで外せないです。今、ターンテーブルが2つあります。

管野さん

――開店して7年たって、今後はお店をどうしていきたいですか?

興味のあることはたくさんあります。台湾の夜市のようなこともしたいし、お弁当のデリバリーもやりたい。お粥を中心とした朝食屋もやりたいし、元メンバーがジャマイカの唐辛子を作っているので、それを使った独自のソースも開発したい。あとは、ちょっとお店が手狭になってきたなと思っていて。本ももっと出したいので、もうちょっと広い方がいいかなというのはあります。屋上に菜園があったら最高ですね。それで、なるべく武蔵小山内で引っ越したい。このお店のノリって言ってみれば中央線、特に高円寺のノリに近いんだと思うんです。僕は個人的に高円寺がホームタウンだと思っていて、あの街のノリをほかの街でどこまで出せるか試したいんです。

ただ、資金的な問題がありますね。ここで売ったお金で資金作らないとダメですもんね。さすがにそろそろ36歳だし、友達の引越しとか当てにしているようじゃダメかなと。だから、もっといろいろ頑張らないとなあという思いは常にあります。もっといっぱい売って、もっとおいしく作って。そういう基本的なところをがんばらないと、という気持ちです。でも今から妄想していればいつか必ず実現するはず!

(神田桂一+ノオト)

取材協力

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菅野信介さん

建築家。アマラブ主宰。1980年生まれ。宮城県出身。早稲田大学で建築を学び、現在フリーランスで空間設計やデザインをしている。2010年から友人とジャークチキン屋「アマラブ」を住み開きで始める。建物をはじめ屋台や半パブリックスペースなど、まちの景色に如何に関われるか模索しながら二足のわらじ。

▼AM-A-LAB

http://am-a-lab.jimdo.com/

この記事の筆者

kandakeiichi_prof

神田桂一

フリーライター・編集者。一般企業に勤めたのち、週刊誌『FLASH』の記者に。その後フリー。雑誌は『ポパイ』『ケトル』『スペクテイター』『TRANSIT』などカルチャー誌を中心に活動中。ウェブは『やまもといちろうメルマガ』『本の雑誌』『cakes』、マンガ『アイアムアヒーロー』のリサーチなど。

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