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2016/10/07 up

そば屋は初期投資額が高い? そば職人・最上はるかさんに真相を直撃!

text by 南澤悠佳/ノオト

「蕎楽亭 もがみ」のオーナー兼そば職人の最上はるかさん

撮影=皆川夕美

一説によると、一人前になるまでは10年近くの修業が必要といわれるそば職人。しかし、東京・神楽坂にお店を構える「蕎楽亭 もがみ」のオーナー兼そば職人の最上はるかさんは、同じく神楽坂にある名店「蕎楽亭」で6年間の修行を積み、2012年に26歳でお店を開きました。なぜそば職人を目指し、どうやって短期間で開業にこぎつけたのでしょうか? その道のりを伺いました。

数ある飲食業の中から、そば職人を目指したワケ

――そもそも、最上さんが飲食店を開こうと思ったのはどうしてですか?

高校生の頃から飲食店を開こうと考えていました。当時はケーキ作りが好きだったので、カフェがいいかな、と。でも、大学生になってお酒の味を覚えて、居酒屋を開きたいと思うようになりました。ただ、私は気が多くて(笑)、スナックもいいなとか、その当時流行り始めた創作居酒屋や多国籍料理店もいいなぁとか、漠然としていたんです。

具体的にどういう店を開くかは決めていなかったのですが、開業資金を準備するために大学1年の終わりから銀座でホステスのアルバイトを始めました。そこで、いろんな大人と接する機会が増え、飲食店を開くなら「店の核が分かりやすい方が商売として成り立ちやすいよ」というアドバイスをいただいて。そのとき、みんなに愛されている食べ物はなんだろうと考え、候補として挙がったのが、「すし」「そば」「おでん」でした。

――その候補から、そばを選んだ決め手は?

おじさまたちといろんな話をさせていただいて、大人の人がどういう嗜好になるのかを自分なりに分析しました。そのとき、そばを嫌いな人はいないなって感じたのがありますね。それ以外に、「すしは修行が長そう」「おでんは夏にもうからない」など、打算的な考え方もしました(苦笑)。いずれにしても、夜の銀座で働いたことで、品のある人たちがどういう店に行くのかを知れたのは大きかったです。

そば職人を目指した経緯を話す最上はるかさん

一般企業への就職を考えるも、自分の気持ちに正直に

――そこからは、そば1本の道を目指したのでしょうか。

最初は、大学を卒業して一般企業に就職し、働いて子どもが生まれて一段落してからお店を経営できたら楽しいだろうなって考えていました。私が就活をしていたときはちょうど就職氷河期の一歩手前で、売り手市場だったのもあります。ただ、企業説明会でいろんな話を聞いていると、どこもかしこも「いいな」って思うんですよ。気が多いから(笑)。

ただ、ふと立ち止まって考えたときに、私は就職したら、そこに骨を埋めてしまうんじゃないかと心配が湧き起こってきて……。そのとき、自分の気持ちに正直になって、やりたいことをまずやった方が自由な時間を後でも取れるんじゃないかと考え、今できることを今やろうと思いました。

あとは正直、銀座で長く働きすぎましたね。就職して普通に働くのと変わらないくらいの額を学生時代から手にしていましたし、就職してもこんなものかと(苦笑)。大人の世界を見続けたせいか、女性は管理職がせいぜいだなっていう諦めもあったような気がします。

仕込みをする最上はるかさん

大学3年生で蕎楽亭でのアルバイトを開始し、独立まで勤めることに

――結局、就活を辞めることにしたわけですね。その後、蕎楽亭でアルバイトを始めたきっかけを教えてください。

いろんなそば屋さんを巡ったのですが、そばだけではなく小料理も出していた「蕎楽亭」が一番自分の目指す形に合っていると思いました。大学3年生のときに蕎楽亭でアルバイトを始めて、「卒業したら就職させてほしい」と願い出ました。学生時代は昼間に蕎楽亭で働いて、午後は授業や部活、夜は銀座のホステスの生活。そして、卒業と同時に正社員になりました。

――アルバイトと正社員では、仕事にどんな変化がありましたか?

アルバイトのときは営業時間中の勤務がメインなので、ホールで営業時間中の流れを把握するくらいでした。社員になると、営業時間外に行う仕込みや仕入れといった準備の裏側にも携わるようになったので、仕事の幅が広がりましたね。繁盛店だったので、忙しい状況での対応力を学べたのは今でも役立っています。特に大みそかは、1日で5日分も売り上げていたんですよ。

そば打ちは、その日の気温や湿度で粉の状態が変わるので、それを見極めるのが重要です。粉の扱い方で、食感なども変わってきますから。一般的にそば打ちの修行は長くかかるといわれますが、一年中毎日そばを打っていたら一通りはできるようになります。あとはどれだけ高みを目指せるか、ですね。

――職人の道にゴールはなさそうですが、どういうタイミングで独立を決めたのでしょうか。

蕎楽亭の仕事をしながらも、物件探しに対応できるようになってからですね。飲食の開業では、物件探しに一番時間がかかるといわれています。とにかく、いい物件に出合ったときにすぐに動ける余裕が必要です。すでに自分の中には、釜を置く場所や客席の配置などの情景が鮮明に浮かぶほど店のイメージはできあがっていたので、条件に合う物件と出合えるかがポイントでした。

それに、蕎楽亭のアルバイト面接の時点で「30歳までにはお店を出したい」と伝えていました。親方は脱サラしてから2年半ほど修行して店を開いたので、自分は3年だなというひそかな思いを持っていたんです。さすがにそれは言わなかったですけど、できるだけ早く開業したいという意思は、親方だけでなく出入り業者や不動産会社など、各方面に宣言していました。

――そして、蕎楽亭初の暖簾分けになるわけですね。

実は、それもトリックがありまして、私の前に2人の先輩が蕎楽亭を卒業して自分の店を持っています。でも、先輩たちは特に暖簾を受け継がなかったんです。私だけが暖簾をほしいと伝えたから、そうなっただけという……(苦笑)。ただ、親方もすごく優しくて、飲み屋で「物件が決まったから、暖簾をいただいてもいいですか?」って聞いたら、「いいよいいよ」って。特に認定とかそういうのはなかったですね。

開業資金について話す最上はるかさん

開業資金は貯金に加え、区の融資制度を活用

――開業資金は、銀座のホステス時代や就職してからの貯金でまかなえたのでしょうか?

1,200万円は必要だと見込んでいたのですが、手元には500万円しかありませんでした。ですので、不足分は新宿区創業支援融資制度で借りました。金利は本人負担が0.7%です。貸し付け期間は7年に設定しました。保証人が不要な代わりに綿密な面談が必要だったのですが、正直26歳に事業計画書とか契約書の作成はよく分からないわけですよ。担当の方にいろいろ質問をしながら、必要な書類を作っていきました。

――そば屋の開業で特に費用がかかるものはありましたか?

そば屋は、初期投資がすごくかかります。たとえば、そば粉を挽く石臼が高価ですし、そばをゆでる釜も特注で80万円近く、冷蔵庫も大きいものが必要です。結局、店舗工事と厨房機器の購入で、合計1,000万円以上はかかっていますね。幸いなことに、物件取得費用は100万円くらいで済みました。一般的に粉ものは原価率が低いといわれますが、最初に一気に投資して、あとはコツコツ回収作業という感じですね。

売り上げなどの資料

オープンしてからの資金繰りは?

――1日の売り上げやその管理はどうされているのでしょうか。

ホステスのように一晩100万円! なんて商売ではありません。席数が15席なので、1日約8万円、よく人が入った日で10万円くらいでしょうか。私が妊娠・出産をして2014年に一時休業、2015年から営業時間と日数を短縮しているのですが、その前後で極端に変化したという印象はありません。今は17時半開店の21時閉店で、平均して1.3回転くらいですね。

日々の売り上げは、信用金庫の担当が週1で現金を取りに来て口座に入金してくれます。あとSquare(スマホ、タブレットでカード決済)は2営業日後の入金ですね。口座への入金でお金の流れを把握しています。

ただ、私はおおざっぱな性格かつどんぶり勘定なので、細かな計算がどうも苦手で……。独立時に蕎楽亭がお世話になっている税理士の先生を紹介してもらったので、その先生に書類をすべて送って、半年に1回は収支バランスを確認しています。「利益がこれだけ出ているので、設備投資に回しましょう」とか、そのくらいですね。あとは、区の融資制度で借りたお金を毎月6万円返済しています。

――10坪の店舗でそばと小料理を出すとなると、1人での営業は難しいと思います。人件費もかかりそうですね。

5人のスタッフは全員アルバイトで、学生が3人、フリーターが2人です。社員は雇ったことがありません。アルバイトなら、どうしても人が少ないときは「ごめんなさい」といって早上がりしてもらうなどの調整がしやすい反面、逆に「この期間は帰省するので」「テスト期間なので」と働いてくれない期間があるので、それぞれ落としどころを見つけていますね。時給は1,200円にしていますが、それぐらいの経費であれば、社員を雇うよりはリスクは小さいと判断しています。

――今は子育てをしながらの店舗運営ですが、今後はお店をどうしていきたいか、抱負を教えてください。

実は、税金対策を兼ねて法人化を考えることもあったのですが、収支のバランスを調整しやすいことを考えると、お店の規模は今のまま個人事業主がいいかなとは思っています。子どもを産めたのも、個人事業主だからこそ柔軟に対応しやすかったこともあるので。

よく飲食店の経営者仲間と話すのですが、自分一人でお店をまわせて、見知った人だけが来るお店ができたらいいねという結論に落ち着いています。たとえばビルを1棟買いして、上の階は人に賃貸で貸して、1階にそばを出すスナックを開きたいですね。そばを出しつつも若者に説教をたれてみるなど、そういう店が理想かな(笑)。もちろん今の店で、できる限りのことはこれからも挑戦していきたいです。

(南澤悠佳/ノオト)

取材協力

そば職人の最上はるかさん

最上はるかさん

1985年生まれ。「蕎楽亭もがみ」のオーナー兼そば職人。國學院大学法学部卒業。学生時代から神楽坂の「蕎楽亭」でアルバイトを始め、2012年8月に「蕎楽亭もがみ」をオープンした。銀座のホステス時代に身につけた接客術と繊細なそばの味で、神楽坂の人気店の1つになっている。
http://mogami.kyourakutei.com/

この記事の筆者

南澤悠佳/ノオト

有限会社ノオトに所属していた編集者、ライター。得意分野はマネー、経済。

Twitter ID:@haruharuka__

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