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2016/08/26 up

ウェブ漫画家は食べていけるの? 矢島光さんに聞いたマネー事情

text by 末吉陽子

ウェブ漫画家の矢島さん

撮影=南澤悠佳/ノオト

日本の代表的なカルチャーとして、世界から熱視線を注がれている“漫画”。これまで、漫画家としてデビューする登竜門といえば、週刊コミックなどを手掛ける出版社に作品を持ち込み、編集者に見出されることが代表的でした。しかし、近年では紙にとどまらずインターネット上で連載する“ウェブ漫画”が台頭。漫画家の活躍の場、そしてデビューのチャンスも広がっています。

そんなウェブ媒体の1つ「ROLA」(新潮社運営)で、人気を博している連載漫画が『彼女のいる彼氏』です。大手IT系企業で働く28歳の女性主人公を取り巻く、仕事と恋愛を描いたストーリーで、リアリティあふれる描写と胸キュンな展開が、20~30代の女性たちの間で評判になり、口コミで拡散されています。この漫画を手掛けているのが矢島光さん(27歳)。漫画家を志した理由やマネー事情まで、セキララに語ってもらいました。

漫画のために就職! 「子どもの頃の夢を捨てきれなかった」

――漫画家になろうと思われたのはいつ頃ですか?

小学生の頃見た「イ・オ・ン」という漫画の見開きがすごく綺麗で感動して、「私、漫画家になるわ」と思ったんです。でも、中学生に入ってからは部活に一生懸命で、漫画から離れていました。それから大学生になって、かっこいい先輩から「矢島さんって漫画家になりたかったんでしょ」と言われて、「ああそういえば」と思い出したんです。それがきっかけで動き始めました。

――そこから具体的にどんな行動に移されたのでしょう?

1本目はラブストーリーっぽい漫画を16ページ描いて、『マーガレット』に持ち込んだのですが、名刺ももらえず、エントランスで帰されてしまいました。それから、2本目は32ページ描いて「金のティアラ大賞」という集英社の賞に出し、1次審査は通ったのですが、全然ダメでした。 再度、翌年出したのですが箸にも棒にも掛からず……。

これではダメだと思って、自分のとっておきのネタを出すしかないと。それで、自分が中学時代に熱中していた部活の「バトン」を題材にした漫画を制作してみました。そのためには、人体デッサンをしっかりしなきゃいけない。大学に美大出身の先生がいたので、「女の子のお尻ってどんな風に描いたらエロいんですかね?」など真面目に聞きまくりましたね。そんなこんなで、絵も少しずつ上達して漫画を仕上げ、大学4年生のときに『モーニング』に出したら佳作をいただくことができました。でも誌面には大賞しか載らないので、お蔵入りになりましたが……。

――でも、4年生といえば就職活動も終わっている頃ですよね?

就職活動はしていて、サイバーエージェントの内定が出ていたんです。私は内定をお断りしてでも漫画が描きたかったんですけど、モーニングの編集者さんに「サイバーエージェントに勤めたことがある漫画家なんていないから行って来い、何なら会社のてっぺん見てくるくらいの勢いで頑張れ!」と言われまして。迷いはありつつも就職することにしました。

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フリーランスが持つべき能力はズバリ“交渉力

――背中の押され方がユニークですね。実際、就職してみてどうでしたか?

当初は正直気が進みませんでした。デザイナーとエンジニアをつなぐフロントエンジニアの仕事をしていたのですが、すごくモヤモヤしていました。ただ、本当にいい会社で、出会った人たちも最高で、今でも大好きな仲間です。だからこそ、「こんなにいい人に囲まれているのに、毎日虚しい」というのが申し訳なくて、悲しかったです。

社会人になってからも、朝6時に起きて、執筆してから出社する生活をして、2本描き下ろし、モーニング編集部に提出したのですが両方ともボツ。成果は出ないし、体も心も壊れてしまって、結局半年間休職しました。

――休職中は漫画を描かれていたのでしょうか?

全然描けませんでした。でも、なんとか復活して4コマ漫画を描き始めて、やっぱり自分は漫画を描きたいんだなと改めて思いました。ストーリー漫画を描く気力はないけど、ショートストーリーなら体力的にいけるかなと。それでどんな人が売れているんだろうと調べていたら、「まずりん」さんという方がいて、働く女性向けに雑誌とウェブの両方で展開している「ROLA」という媒体で連載していたので、自分のブログに描いていた作品を編集部に持って行ってみることにしました。

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――持って行って、その反応は……。

編集者さんに「矢島さんはギャグもショートに向いてないよ。ストーリーにしましょう」と、バッサリ(苦笑)。「世間はキラキラ女子を知りたいんだよ」と、会社での経験を描くことを提案していただきました。それが、『彼女のいる彼氏』のきっかけですね。描いているうちに、世間が何を知りたいか、何が羨ましくて、何が妬ましいのかがわかってきて、だんだん「こういうのを描いたらみんな面白がってくれるんだ」っていうのを感じられるようになりました。

――ステップアップのスピードがすごく速いような気がするのですが、どのようなところがほかの人にない強みだと思われますか?

素晴らしい環境の会社を辞めているので、後戻りができない分、腹をくくっているところでしょうか。連載が決まったとき、「絶対に成果出す」と思って、自分に対する言い訳を全部潰す覚悟を決めました。「これで本気だしてやらないとチャンスはなかなか来ない!」と思って、プライベートの時間はすべて捨てて、毎日15時間くらい描いていました。毎回、自信を持って漫画を出すことができたので、原稿料が上がったときは「ほらきた!」って思いました。

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ギャラ交渉のために『ハーバード流交渉術』を熟読 

――当初、ギャラはどのように決められたのでしょうか?

実ははっきり提示されたわけじゃないんです。先輩のウェブ漫画家さんに相場を聞いて、1コマあたりの値段を予想しました。自分のページ数とコマ数を数えてみたら、1話あたりだいたいの値段が出てきたんです。なので、自分から「これくらいでどうですか」と1話あたりの価格を提示しました。隔週だったのでその2倍。それでも大卒の初任給の手取り平均よりも低い。ギリギリの仕事料だけど実家暮らしだし、それなら生きていけると思ったんです。でも、高いって言われて。さらに提示額の7割ほどになりそうだったんですが、そこを交渉して何とか……という感じです。

――ギャラの交渉は、フリーランスの一番難しいところですよね。「そんなに払えないので結構です」と断られる可能性もあるわけで……。

交渉力はウェブ漫画家だけじゃなくて、すべての業界のフリーランスに必要なスキルですよね。私も別の業界の先輩に、「フリーランスは一に実力、二に交渉力だ!」って言われて、『ハーバード流交渉術』の本を渡されて、熟読しました。その方のおかげで交渉術を学べたと思っています。でも正直、うまく活用できていません(笑)

――その原稿料形態は、どれくらい続きましたか?

半年ぐらいですかね。読者さんから「読み足りない」っていう声が寄せられるようになったので、適切な量を模索しているうちに、いつの間にか描く分量が倍に増えていたんです。そしたら、あるとき編集さんが「原稿料を上げましょう」って提案してくれました。今考えてみると、ランキングの順位も加味してくれたのかもしれません。

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――かなり、ざっくりと決まっているんですね! 漫画家としての収入だけで生活できていますか?

なんとかやっと……という感じです。正直、最初は実家だったから生活できたようなもので、漫画の収入のみだと食べていけませんでした。今もたまに単発のイラストの仕事をいただけるので生活できています。ROLAの場合は、最初は想定よりも低めの金額設定でしたが、自分のこれからのキャリアにつながると思ったので、ここで頑張ろうと思えました。

逆に、単発の仕事は、一定以上の金額でないと引き受けないようにしていくのが理想です。安請け合いで依頼を引き受け過ぎると、自分の納得がいく仕事ができなくなってしまう。それは、自分の目指す働き方ではないです。

――そう考えると、ウェブ漫画だけで生活できる収入を得られる仕組みも必要そうですね。

そうですね。たまに、「この漫画、タダで読んでいいんだろうか」っていう読者さんが、「いくらかお布施をしたいわ」と言ってくださるんです。それを聞くと課金形態に可能性を感じます。こちらからのお願いではなくて、読者の方からそういう声があるのであれば、それにあったシステムにした方がお互いに幸せだと思うんですよね。

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これからのウェブ漫画家が良い環境で製作できる仕組みを考え続けたい

――具体的に、どんな仕組みなら作家さんにとっても読者にとってもメリットがあると思いますか?

原稿料が安くても、人気が出れば出るだけ、描き手が豊かになる仕組みになっていけばいいなと思いますね。そうじゃないと、この先ウェブ漫画家が死んでしまう。なので、私はウェブ漫画を描いている責任として、極端に安売りすることなく、これからウェブで漫画を描く人々につなげていけたらと思います。

――最後に、矢島さんが今後目指す働き方とは?

安定して良いパフォーマンスを出すことです。人にもよりますが、私の場合は、そのためにアシスタントさんが必要です。今、アシスタントさんには日給でお支払いしていますが、決して良い額ではないのは分かっています。人を雇うにはお金が必要。なので、今年の課題は信頼できるアシスタントさんと出会うことはもちろん、「お金との付き合い方」かなと思っています。

あとは、アシスタントさんに最高の設備を与えたいです。豊かな環境で制作できると、モチベーションって上がりますよね。そういった中で、今後も人の心を動かすような作品を生み出していけたらと思います。

(末吉陽子+ノオト)

取材協力

矢島 光さん

2008年慶應義塾大学SFC入学。2012年に株式会社サイバーエージェント入社、フロントエンジニアとして働く。2015年に退社、漫画家として活動を開始。同年WEB版「ROLA」(新潮社)で『彼女のいる彼氏』連載開始。女性読者を中心に支持を集めている。

この記事の筆者

末吉陽子

編集者・ライター。1985年、千葉県生まれ。日本大学芸術学部卒。コラムやインタビュー記事の執筆を中心に活動。ジャンルは、社会問題から恋愛、住宅からガイドブックまで多岐にわたる。
▼公式サイト
http://yokosueyoshi.jimdo.com/

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